私はとても矛盾していた。
一人で居たいと思った途端に誰かを恋しく思う。
普通で平凡でありたいと願った瞬間他人と同一である事に嫌気が差す。
私はどう見ても平凡に生きてきたのにこんなにも矛盾してしまった。
いや、何のアクシデントもない平素に暮らしていたからこそ私はこうなったのかもしれない。
そうしている内に私からはどんどん感情が欠落していった。
恐怖も驚愕も幸福も不幸も悲嘆さえも、段々と自分の中で薄まるのを感じていた。
しかしそんな現状はいけないのではないかと思って、私は感情の揺れを上乗せするのだ。
そうして私は矛盾した考えを同時に抱く様になっていた。

「『矛盾している。』か、ふん、面白い」

そうして私は狐面の男と出逢った。
彼は運命から外れてしまった人間らしいが、私にはよく分からなかった。

「分からないのなら分からなくていい」

彼の名前は西東天というらしい。
西東さんは何所かしら危ない雰囲気を持っているな、と私は直感で感じた。
その頃私は普通の高校生をやっていた。
私が西東さんと出会ってから、西東さんはちょくちょく私に会いに来た。
彼はよく校門の前で白いロールスルイスを背に、私を待っていた。

「遅いじゃないか。教室まで押し掛けてやろうかと思ったぜ」

西東さんがそう言うので私は少し笑った。

「止めてください。色々困りますから」

私が西東さんと居る間、殺し屋と名乗る出夢君や空間製作という超能力みたいな事をする一里塚木の実さんなどに出会った。
意外な事に私は出夢君と気が合い、他愛も無い話をしたりして仲良くなった。
こんなにも隣にいて楽な相手は初めてだった。
出夢君は全てが刺激的だったから、私にはちょうど良かったのかもしれない。
木の実さんには何故かライバル視されていた。
私は木の実さんみたいに綺麗でもないし可愛くもないから木の実さんに敵う筈ないのに。
それに第一、私は西東さんに心酔なんてしてない。
気付けば出夢君は私の家に遊びに来るぐらい仲良しになっていて、クラスでは私と西東さんが徒ならぬ関係である事が噂されていた。

「西東さん」
「何だ」
「私、西東さんと徒ならぬ関係だって噂されてたんですけど」
「そうか」
「何か感想とか無いんですか?」
「ないな」
「気が合いますね」
「お前は俺が嫌いなのか」
「いえ。寧ろ好きですよ」
「『好きですよ。』か。くくっ、なら本当に徒ならぬ関係にでもなってみるか」
「……え…?」

これには流石の私も単純に驚いた。
純粋に感情が揺れ動いたのは久しぶりのことだった。

「じゃあ俺の家でも行くか」
「何でですか?」
「さあな。俺も知らない内にお前に嵌っていたらしい」


私は大きなマンションの一室、西東さんの寝室で予告通り純潔を奪われた。
暖かいシーツに包まりながら、親には部活だったと言っておこうとかそんなことを考えていた。

「どうだったか?」
「どうだったって…」
「感想だ」
「………兎に角恥ずかしいです。だって異性に自分の裸を晒したことなんてありませんから」
「痛かったか?」
「そりゃあもう裂けるかと思いました」
「くくくっ…まあ処女膜は裂いてやったがな」
「…親父ギャグってやつですね」

私は西東さんに背を向けた。
後ろから手が伸びてきて私をやさしく包んだ。
ああ、此れが幸せってやつなんだな。
未だぼんやりしていた頭でそう思った。

「全部終わったら俺と結婚しようぜ」
「…え?」
「全部終わったら俺がお前を迎えに行ってやるよ」

何かよく分かんないけど涙が出た。









それから時は過ぎ去り、私は西東さんと同じ大人になっていた。
気付けば私は20代の折り返し地点に立っていた。
あれから、私は西東さんにも出夢君にも会っていない。
二人とも何かとても危ない事をしていたのは何となく知っていたから、もしかしたら二人共死んでしまったのかもしれない。
多分西東さんは印象の薄い私の事等忘れているだろうと思っても、何時か西東さんは私を迎えに来てくれるのだ、と思う自分がいた。
やはり私は矛盾していた。
私は普通に大学に入学して普通に就活して普通に会社員になった。
こんな私だって大学生になって異性と付き合ったりしてみたが、何故か続かなかった。
その時ふと西東さんを思い出した。
あぁ、私はあの人の隣じゃないとダメなんだ。
限りなく運命に沿い続けた私には外れてしまった彼じゃないと落ち着かないんだ。
しかし私がそんな風に結論付けてみたところで西東さんは隣に居ない。
西東さんのことを忘れて早く前に進まなくてはいけないのかもしれないが、私の身体があの謎の安心感を憶えきってしまっていた。
そして私は今日もいつもの電車に乗って家に帰る。
今日は残業無し。
それでも空はもう黒くて、星が適当に散らばっていた。

「あー疲れた」

バス停からの道程で今の思いを口に出してみた。
疲れた、と言うから疲れたと思うのは本当じゃないと思う。
だって実際今の私はとても疲れているのだから。
溜息を吐いても幸せは逃げて行かない。
消えて行くのは二酸化炭素だけ。
幸せなんてものは最初からないのだ。
角を曲がると人影が見えた。
その時私は本気で幽霊を見ているのかと思った。
白い着流し、狐の面は

「よう俺の嫁。ちゃんと迎えに来てやったぜ」
ALICE+