「ん?」

突然の有り得ない状況に対して私は酷く落ち着いていた。
頬を抓ると走る痛み。
うん、これは夢じゃないみたいだ。
夢なんかじゃない現実だって本当は分かっていたけど実感が欲しかっただけだ。

「……死亡、フラグ?」

いや違うな。
死亡フラグじゃないんだ。
死んじゃってるってやつなんだよ。

「…うーん、」

これからどうやって生きれば良いんだろう。
二体の死体を見据えて思った。
母親と父親だった。
別に親なんてどうでも良かった。
いや、嘘だここまで育ててきてくれて感謝してる。
前にもしどっちも死んだら自分は何を思うんだろうって考えた事もあったけど現実はコレだった。
無だった。
もう明日からの自分の生活の事しか考えられなかった。
だって学校あるし、ってかまずは今日の夕飯どうしよう、だよ。
…お母さんの財布貰っても良いよね…?
だって金無いんだもん、金が。
バイトは確かにしてる。それでも私の学費を払ったり生活していけるだけの金はない。
ピンチだ。
どうしようもない。


私はお母さんの鞄から財布を取り出して鍵を持って外に出た。
扉を閉めて鍵を閉めて新鮮な外気を吸い込んだ。
綺麗な夕焼けだ。
まるで血をぶちまけたみたいに真っ赤じゃないか。
というか何で私の両親は殺されたんだろう。
何やら怪しい研究をしていたことは知っていた。
私が研究について聞いたら何も答えてくれないこともあった。
怪しい地下室に入っていくところを見たこともあった。
まあそんなことを思い出してみたところで真相は闇の中だし、知ったこっちゃない。
でもそれなりに普通で凡百な人達だったと思うよ私はさ。
テストが悪けりゃ怒られて、賞を取ったら褒められて。
私にとっては悪くない両親だったんだよね。
昔よく母親と来ていたスーパーに着くと何故か不意に涙が零れた。

ってか警察!
警察行かなきゃじゃん!
警察の存在忘れてた!
冷静になり過ぎて完全に忘れてた!
本当に私バカだ!
110番しなきゃ!


「ゆうこ」
「え、信二」

気付けば目の前には信二が当たり前のように立っていた。
何でここに信二がいる?
信二は私の家まで知っていたの?
私の家には連れてきたこともない。
ああ、でもこいつは私の住所を知っている。
それならここにいてもおかしくはない。
信二もたまたまこのあたりに用事でもあったのかもしれない。
信二は自分の恋人であるのにたまに怖い。
何を考えているのか全く分からない時がある。
背筋を凍らせて、このまま気配を消してしまおうと思う程に怯えることもあった。

「困ってんなら俺の所来いよ」
「なにそれ」
「泣いてンじゃん。おまえ」
「…うざ」

信二は私を抱きしめようとしてきたけれど私はそれを避けた。
こいつに抱き込まれたら終わりだ。
今の私ならこいつに溺れても仕方ない。
だからこそ私は抵抗したいと願う。
こいつに嵌ったらヤバい。
本能が告げている。
それでも繋がれた手から感じる体温は、私の本能を簡単に熔かしてしまう。
涙と鼻水がだらだらと流れて止まらなくて、見つめる地面に水玉模様を描くのだ。

「俺に任せとけ。一人で抱え込むなバーカ」

謎の安心と安堵が押し寄せてきて、私は信二に手を引かれるままただただ歩いた。
こいつが危なくてヤバい奴なことぐらい分かっているけれど、どうしようもなく彼の体温が心地よかったんだ。
あーあ、ダメだよ私。
しっかりしなきゃ。
今だってポケットから血濡れのナイフが覗いてるような奴なんだよこいつは。
でもきっともう戻れないんだろうね。
私は信二に溺れてしまった。
いつも冷たいはずの手がどこか温かかった。
自分の家で嗅いだ馬鹿みたいな血の匂いが鼻を刺激している気がした。

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