「一織のお兄さん、カッコイイね」

学校に残ってこのサボリ女の付き添いをしてやっていた。
このサボリ女ゆうこがまだ課題を出していないということで、世話を焼いてやることがよくあった。
こういう自由すぎる人間を見てるとどうしても気になってしまう。

「兄さんが、ですか」
「うん。テレビみてるけど、カッコイイよね」

ゆうこはそう言って少し下を向いた。
兄さんが昔から努力してやっと手に入れた場所なんだ、そこは。

「それより早く課題をやってください」
「一織厳しい。鬼教官」
「うるさいですよ」

ゆうこは文句を言いながらも再び課題を勧めていた。
そして俺はそれをぼうっと見ていた。

自分の方が彼女と過ごしているのに、彼女が見ているのは兄さんなんだ。
その事実が何故だかとてもつらくて、どうしようもなく虚しい。
こんなに近くにいるのに、その綺麗に伸びた髪に触ることすら出来ない。
「あなたが好きです」と伝えられたらどんなに楽なんだろう。
それでもIDOLiSH7を純粋に応援してくれているゆうこを失いたくはない。
しかも兄さんのファンだなんて。
兄さんのファンの一人に恋愛感情を抱くなんて、そんなことあっちゃいけないはずなのに。
気持ちというのはどうしようもなく正直で、気付くと下唇を噛んでしまう。

そんなことも知らずにゆうこはだらだらと課題をやっていた。
本当に腹立つ人だ。
俺がこんなに悩んでいることも知らずに呑気な奴。
そんなことをうだうだ考えてるとゆうこがふと顔を上げてこちらを見つめた。

「あ、でも一織もカッコいいよ。歌も上手いし」
「……手が止まってますよ」
「厳しい」

ゆうこはそう言って、また下を向いてシャーペンを走らせる。
期待、させないでくれ。
少しでも変な希望を持ってしまうじゃないか。
今はこの関係を崩したくない。
こうやってゆうこと過ごせる時間だけで充分なんだ。

紅潮した顔を見られないようにそっと外を見つめた。
日が落ちようとしている。
二人だけの教室を優しくオレンジが染めていた。
ああ、何でこうも自分は理性的なんだろう。
感情で動けるような人間ならば、きっともっと上手くやってるはずなのに。


いつの間にか下を向いて寝てしまったゆうこの頭を一撫でしてやった。
今日ぐらいは、優しくしてあげようか。
眠るゆうこを見ていると、落ちる日と共に意識が沈んでいった。
どうか夢のなかでは伝えられますように。
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