Xデーとなったあの日、私が泣くことはなかった。

ルルは幼馴染の私には甘くて、ゼロレクイエムのことについてそっと教えてくれたのだ。
私もルルに対してとてつもなく甘くてそして絶対であることをルルが知っていたからなんだろう。
突き放されて酷いことを言われて傷つこうともルルを信じることを私はやめなかった。
私の蜂蜜のようにドロドロな甘さがルルの固い心を溶かしたとルルは言っていた。

ゼロレクイエムまでの約一ヵ月、私達は下らない日常を過ごした。
戦争とかブリタニアとかそんなもの何もないぐらいにありふれた日々だった。
一緒にピザを焼いたり勝手にプリンを食べて怒られたり。
もし生まれる世界が違っていたのならこんな風に過ごせていたのかな。
もうすぐ死ぬと分かっている相手と過ごしているはずなのに私の心は至って穏やかであった。
多分実感がなかったんだろう。
本当にルルが死んでしまうことは知っていたが、私は認めつつも認められなかったんだろう。
Xデーの前夜、私はバルコニーで夜風に当たっていた。
夜空に煌く星たちは無責任に私を照らしていた。
私はきっと明日、何も出来ない傍観者にしかなれないんだと。
私は軍人でもないしギアスも持たないただの学生に過ぎない。
撃たれても刺されてもすぐに死んでしまう。
そんな貧弱なイレブンの一人でしかない。

「ゆうこ」
「ルル…」

ルルがそっと隣に立った。
何だかルルが消えてしまいそうで私は急に怖くなった。
どちらにしろ明日、ルルはこの世からいなくなってしまうというのに。

「手、繋いでもいい?」
「ああ」

ルルの手を握ると、ひんやりと冷えていた私の指先は少しずつ熱を持った。
この温もりも明日からはもう触れることすら出来なくなるんだ。
握った手に力を籠めればまた強く握り返された。

「ゆうこ、幸せになれよ」
「うん」
「お前はどんくさいし馬鹿だし騙されやすいから心配なんだ」
「凄い侮辱されたんだけど」

いつもみたいに接してくるルルに私は安心していた。
彼はきっと覚悟が決まっている。
それを改めて感じたんだ。

「お前は俺の大切な人だから」

そう言うとルルは私の頭を優しく撫でた。
その手が震えていなかったから、私は何だか悲しくなった。

「私もルルが大切だよ」

私は馬鹿だしこんな時に良い風に返せる脳みそも持ち合わせていない。
だからこんなにありふれた薄っぺらいことしか言うことが出来なかった。
自分の声が震えずに口からするりと出たもんだから私は安心していた。
ルルは私の言葉に答えずにただ私の頭をもう一度だけゆっくりと撫でた。
身体が冷えるから中に入ろうと言われて私達はバルコニーを後にした。
その時繋いでいたルルの手の感触を私は一生忘れることはないだろう。
私達はそのまま同じベッドに入ってからゆっくりと眠りについたのだった。











ルルが血を撒き散らしながら滑り落ちる様を私はぼうっと眺めていた。
ああ、ルルは死んだんだ。
そう今この瞬間に。
私を馬鹿にしたように笑う人はもういないし、嫌そうな顔をして私の買い物に付き合ってくれる人も、私の頭を優しく撫でる人も、もういないんだ。
そんなことは分かっていた。
だから私は泣かなかったよ。
だって私が泣いたらルルも泣いてしまうような気がしていたから。
それにあの時、私は泣きたくても泣けなかった。
何でだろうね。
馬鹿みたいだけど、私もルルみたいに覚悟してたのかもしれない。



それから世界は随分と平和になった。
私は以前のように学校に通っている。
カレンと仲良くなったりして、私は充実した学生生活を送っている。
いつもみたいに朝寝ぼけながら起きて寝癖を直してノロノロと学校に行く。
睡魔と闘いながらノート取ろうとして結局寝て怒られたりして。
私はカレンみたいにナイトメアも乗れないからただこの平和を大事にすることしかできない。
そんな非力な自分自身に少しだけ劣等感を抱いた。


ゼロレクイエムからどれくらい月日が経ったんだろう。
私は特に何も考えずに月日を過ごしていた。
勉強が難しいとかあそこのパンケーキが美味しいとか。
そんな私も進学のために勉強をして模試の結果を見ては一喜一憂して、また頑張ろうと思ったりする。
そんなありふれて凡百な日常を過ごしていた。
今日は勉強の息抜きにとカレンに誘われて買い物に出かけていた。
私服のカレンは可愛くて、褒めちぎるとうるさいと言われてしまった。

「カレンはこれからどうするの?」
「まだ決めてないかな…」
「そっかー」

そう言ってシェイクを飲んだ。
平和だなあ。
こうやってカレンとカフェのテラスで駄弁って笑ってさ。
ああ何て平和なんだろう。
そういえばここって私がルルとスザクとよく来る所だったな。
万年金欠な私はこうしてシェイクだけ頼んでルルのポテトを横取りして怒られたっけな。
睨み合う私達をスザクが止めたりなんかしてさ。
ルルは私のことをどんくさいとか言っていたけど、私って割と俊敏だしルルからポテト10本ぐらい奪っちゃうし。
ルルは運動神経悪いんだから私には勝てないって言ってやったら頭を叩かれたりしたなあ。
それなのにルルってばいつもポテト頼んだりするから私の餌食になるんだよね。
ほーんと馬鹿だよ。
でもあれ、もしかしてルルは私がポテト好きなの知ってたのかしら。

「…ゆうこ、」

カレンに名前を呼ばれて、ふと現実に戻った。
何回想に浸っちゃってんだよ私。
なーに、とカレンに返事をしようとして体の違和感に気付いた。
声がでない。
喉が体が震えて声が出ない。
どうした。
どうしたの私。
机を見ると大粒の水滴が落ちていた。
シェイクのケースから落ちた水滴じゃなさそう。
じゃあなんだろう。
ぼうっと机を見ているとまた一つ水滴が落ちた。

ああ、私泣いてるんだ。



そういえば私、ずっと泣いてなかったな。
あはは。
私ってば案外冷たい人間だったりして。
あんなに仲良くして愛していたのにさ。
嗚咽でもなく私はただただ涙を流していて、人って表情を変えなくても泣けるんだーとぼんやり思ったりした。
ルルが死んだのをこの目で見ても泣けなかった。
それに最近の私って学校も楽しくやってて充実してるし、今泣く理由が何一つ思いつかない。
それなのにどうして、どうしてこの涙は止まらないんだろう。

ルルは覚えてないだろうね。
あの日私達が一つのベッドで寝たとき、ルルは寝言を言ってたんだよ。
ゆうこ好きだ、ってさ。
直接言いなよこのヘタレって思ったよ。
でもさ、それってギアスなんかよりも強力な呪いであって呪縛だよね。
ルルはいなくなったけれど私の中でルルは心の傷なんかよりも、もっと深く強く刻み込まれている。
もしあの時ルルが寝言じゃなくて起きてああ言っていたとしたら私は怒るけどね。
この嘘つき!ってさ。


「雪だ」

涙は止まらなかったけれど言葉は出た。
白い雪がポツポツと空から落ちた。
上を向いた私の顔にもそれは着地して、じんわりと水滴に変わっていった。
そうだ。
私は何で忘れてたんだろう。
カレンも空を見上げていた。

「ホントだ…」
「奇跡みたいに綺麗だね」
「うん」

ルル。
素敵な夜をありがとう。
奇跡をありがとう。
大好きなあなたへありがとう。
夜空があの日みたいに綺麗だよ。







企画:共鳴様「君の優しさに泣きそうになったこと」提出
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