来るもの拒まず去る者追わずがポリシーだった。
女に困ることはなかった。
自分とセックスしたいと言って来る大体の女とシた。
たまに彼女面する女がいて至極うざったかった。
そんなことも解決して、またいつもの様な生活を再開させた頃だった。

「隣に引っ越してきました。よろしくお願いします。」

深くお辞儀をして引っ越しの挨拶にやって来たその女に目を奪われた。
ひざ丈のスカートがひらりと揺れているのは覚えている。
適当に話を繋げて、彼女が同じ大学の文学部の一個下であることを知った。

「よろしくお願いします」

もう一度頭を下げてから彼女は帰って行った。
今まで周りに一人もいなかったタイプの女だ。
丁寧な口調におっとりとした雰囲気、笑う時に口元に手をやる仕草。
笑うと少し目尻が下がり、頬が薄くピンクに染まった。
どれもが彼女に似合っていた。
自分の手でぐちゃぐちゃにしてやりたいと思ったのは初めてだった。
あの女を自分だけのものにしてやりたいと、そう思った。
少し甘い蜂蜜の香りだけが玄関に残っていた。


バカみたいに家で女を抱いた。
無駄に壁の厚いこのアパートの壁すらも超えて、この声が隣のゆうこちゃんに届いていますように。
朝、女を見送った後に顔を合わせるゆうこちゃんは困ったように挨拶をしてくる。
その顔がどうしようもなくそそられる。
何故か言いようもない道徳的な罪を犯した気になるのだ。
早くゆうこちゃんを自分のものにしてしまいたい。
焦る気持ちに反してゆうこちゃんの情報は中々得られなかった。
だからこそもっと欲しいと思った。
ハードルが高い程欲しくなるのは人の性なのだ。


それから数か月が経った。
ゆうこちゃんには男の気配がなかった。
男が部屋に入っているところ何て見たこともない。
しかも朝帰りなんてこともなかった。

「こんにちは。大学で会うのは初めてですね」
「せやな…ゆうこちゃんはこの後授業あるん?」
「いえ、ありませんよ。これから家に帰ろうかと思いまして。」

ゆうこちゃんはにこやかに答える。
カーキのミモレ丈のスカートに白いシャツにベージュのパンプス。
そのいかにも大人しそうな恰好に性欲が掻き立てられた。

「ワシもこれから帰るとこなんや。一緒に帰らん?」
「いいですよ。お隣ですしね」

クスクスと笑う声に脳が痺れた。
この感覚は少しだけ恋に似ていた。
自分はゆうこちゃんに恋してしまったんだろうか。
それともただ単にセックスしたいだけの対象なんだろうか
そんなことすら貞操観念が壊れた自分にはもう分からない。
とにかく、ゆうこちゃんとセックスしたいことは確かだ。
それから授業や本の話とか他愛もない話をしてアパートの扉の前まで来た。

「今吉さんって博識なんですね。楽しかったです」
「ワシも楽しかったわ。せや、ゆうこちゃん家でご飯行べていかん?」
「すいません、私もう夕食の準備は出来てるので…」
「そうなんや…ほなまた誘うから連絡先教えてくれん?」
「はい。お願いします」

ゆうこちゃんをお持ち帰りすることは出来なかったが、連絡先をゲットしただけでも大きな収穫だ。
すぐにメッセージを入れた。
それからゆうこちゃんとは毎日連絡を取り合うことになった。
たまにおかずをお裾分けしてもらったりして、自分にしては健全に女子との距離を詰めた。
でもやっぱり最終的にはゆうこちゃんとセックスしたかったんだと思う。










それから幾分か時間は過ぎた。
研究がいよいよ本格的に忙しくなってきたのだ。
ゆうこちゃんに連絡することはあっても、会うことはなかった。
1週間ほど研究室に籠ってから久しぶりに家に帰ると、隣の部屋に入ろうとしている花宮がいた。
お互いの顔を見て止まった。
は?
そこってゆうこちゃんの家やんな?

「…ゆうこの隣の部屋ってサトリだったのかよ」
「え?ちょっと待ってや。何で花宮がゆうこちゃんの部屋入ろうとしてるん?」
「は?付き合ってるから」

今凄い間抜けな顔をしている自覚がある。
それくらいの衝撃だった。
え?
でもゆうこちゃんって男連れ込んだりしてるの見たことないで。
しかもよりによって花宮って…
最悪や。
最悪の展開や。

「じゃあな」

花宮は何かを察したのか少しだけあくどい笑みを浮かべた。
それからゆうこちゃんの部屋に入っていった。
どうなってるん?
最後に会った時から今までの間にゆうこちゃんは花宮と付き合いだしたのだろうか。

「今吉さん、お久しぶりです」
「え、あぁ…ゆうこちゃん…」

止まったままの自分に柔らかい声が掛かった。
あぁゆうこちゃん。
その白い肌も風に靡く髪も薄くピンクに染まる頬も。
全部花宮のものになってしもうたんやろか。

「…いつから花宮と付き合っとったん?」
「何時でしたっけねぇ…忘れちゃいました」

今日のゆうこちゃんは灰色のチュールスカートに紺のカットソーに黒いブーツ。
白い肌が更に白く見えて眩しかった。
灰色のレースが風みたいに舞っていた。

「そういえば友達が今吉さんのこと知ってるらしいんですよ」
「え?誰?」
「知り合い、というか彼女だったみたいですよ」
「は?」
「彼女なのにストーカー扱いされてたらしくて。可哀想だと思いませんか?」

クスクスと前みたいにゆうこちゃんは笑う。
今はその笑顔が怖い。
ゆうこちゃんがピンクに塗りたくられた唇を綺麗に動かした。

「おかず余ったらまた貰ってくれますか?」

そう言って部屋に入っていった。
ああ、全部仕組まれていたんだ。
最初の出会いから今日まで全て。
ワシにとっての最悪の事態を彼女は知っていたんだ。
最後に見た横顔を思い出して無性に泣きたくなる。
それから部屋に戻って隣の部屋のことを想像しながら抜いた。
多分これは、恋だった。

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