ゆうことは中学からの友達だった。
高校も同じで、あまりにも仲が良かったから夫婦とか言われていた。
でも実際俺達はそんな関係じゃなくて、俺達はどこまで行ってもただの親友だった。
何でも相談出来るしどんなに下らない事だって一緒に楽しめた。
俺が試合に負けた時には一緒に泣いて勝ったら一緒に喜んだり。
本当に心の底からゆうこは俺の親友だった。
それに俺に彼女が出来たったゆうこが悲しむ様子なんて一つもなかった。
やっぱり男女の友情って成立するじゃんって俺は思ったりした。
でも俺とは逆にゆうこには彼氏が出来たことがなかった。
だからゆうこが俺じゃなくて他の男を選ぶ未来なんてのは想像もしたことがなかった。

「涼太って服のセンスいいから買い物着いて来てくれて助かる」
「感謝して欲しいっス!」

一緒に買い物したゆうこがそう言うのを何度聞いて来たんだろう。
でもゆうこは帽子だけはなぜだか被らなかった。
髪型が崩れるとかそんな理由じゃなくて、何となく被る気になれないとゆうこが言っていたのは覚えている。
絶対帽子被った方がいいと言ってもゆうこはちょっと笑ってはぐらかした。


そんなことはつい最近、ゆうこから連絡があるまではすっかり忘れていた。
別々の大学に入った俺達が会わなくなるのは自然なことだった。
高校まではあんなに仲が良かったから寂しく感じた。
でもゆうこもゆうこで忙しいのかもしれないと思うと自分から連絡することは憚られた。
それに俺は俺でモデルの仕事と大学という新しい環境を存分に楽しんでいたからゆうこに連絡することはなくなってしまった。
だからゆうこから連絡があった時は単純に嬉しかった。
大学に入って半年、夏はもう終わっていてもうすぐ紅葉が始まる。
そんな季節だった。






「久しぶり!」
「久しぶりっスね!」

ゆうこと俺は再会してからカフェに入って当たり前の様に話をした。
俺のモデル活動のこととか、大学のこととか、サークルのこととか。
ふ、と会話が途切れて視線を下げた。
そこにはゆうこの鞄の上に置かれたつばの広いキャメル色のハットがあった。

「帽子、被るようになったんスね」
「うん、ちょっと挑戦してみようと思ってさ。涼太も前から勧めてくれてたし」

でも本当は俺がきっかけじゃないってことぐらいわかっていた。
本当は今日会った時から分かっていた。
ゆうこがハットを被って髪を靡かせていたのを見た時から俺は本当は分かっていたはずだった。
でも本人の口からそう聞いてしまった瞬間、どうしようもなく虚しくなった。
ゆうこが俺じゃなくて、別の男を選んだんだと直感した。
ゆうこの一番は俺なんだと勝手に思っていた。
でもそれは俺の思い込みでしかないと今この瞬間にわかってしまった。
胸を掻きむしってバカみたいに泣きたくなった。

「…実は彼氏が出来まして」
「ゆうこにも春が来たんスね!」
「やめてよ恥ずかしいじゃん!」

そう言って顔を赤くするゆうこのことを俺は笑いながらぼんやりと見た。
ゆうこってこんな顔もするんだ。
俺はこんなゆうこの顔を想像することすら出来なかったというのに。

「相手誰っスか?大学の人?」
「涼太が知ってる人だよ」
「え、誰っスか」

俺が知ってる人で、ゆうこと同じ大学に進んだ人。
頭をフル回転させたい所だが、そう上手く動いてはくれなかった。

「真太郎。緑間真太郎だよ」
「え、…と、マジっスか。緑間っちと」
「う、うん」

ゆうこがちょっと俯いて耳を赤くしていたから本当なんだと思った。
緑間っちがゆうこの彼氏になったのか。
ゆうこは俺じゃなくて緑間っちのものになってしまった。
それがどうしようもなく寂しくて、同時に敗北感を感じた。
俺が変えられなかったことを、緑間っちはいとも簡単にやってしまったのだ。
これが親友を取られた嫉妬なのか、それとも恋だったのかはもうわからない。
緑間っちのことを聞くとちょっと嬉しそうに答えるゆうこを見ていると不意に涙が出そうになった。


カフェで話をした後、いつもの様にゆうこの買い物に付き合った。
高校までの自分たちに戻ったみたいで、懐かしく感じた。
この時間が永遠に続けばいいのにと初めて思った。
でもこうやってゆうこが難しい顔をして服を吟味しているのも緑間っちのためなんだ。
そう思うと途端に現実に引き戻されるような感覚がした。

「今日はありがとう!涼太の活躍期待してる。また遊ぼうね!」
「頑張るっスよ〜!また連絡するっス!」

ゆうこが手を振って駅の改札に吸い込まれいく。
ぼやける視界の中にキャメル色のハットが溶けて行った。

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