これの続き



その日私はまた市場近くのホテルの来ていた。
前回は私単独だったが、今日は隣に月島がいる。
早朝から海鮮丼を2杯食べた私の胃袋はすでに満身創痍だった。
月島がチェックインを済ませたようで、ロビーのソファーで待っていた私に近寄ってくる。

「今日の服、いいな」
「えっ…そうかな?」
「似合ってる」
「…へへ、あざーっす…」

事あるごとに私を褒めろと言ってから、月島は滅茶苦茶褒めてくるようになった。
好きだの愛してるだのを普通に言ってくるので反応に困る。
中学2年男子学生みたいな反応をしてしまう。

ガラス張りのエレベーターに乗り込んで、外を見ているとシャッター音がする。
月島が私を撮っていた。
今度はちゃんと月島を見て笑顔を作ると、月島も少し口角を上げてシャッターを切っていた。

目的の階に着いて、今日の部屋まで歩く。
中に入って靴を脱いで部屋に入ると目下に東京湾が望める。
やっぱここいいホテルだな…好きだ。

「見て見て〜!海!」
「凄いな、オーシャンビューか」

月島とぼんやり海を眺めて、時折船が通ったりするのを見ていた。
それから一緒にテレビでホテルの案内を見たりした。
どうでもいい穏やかな日常が愛おしいと、そう思う。

「夜鳴きそばがあるのか」
「美味しかったよ。月島絶対気に入る」
「じゃあ食べに行くか。夕飯はどうする」
「近くに月島あるじゃん。もんじゃ食べに行こうよ、月島だけに」
「……」
「ツッコんで、無視しないで」
「…8時ぐらいにもんじゃ行くか。俺は一回風呂入ってくる。ゆうこはどうする」
「ホテル内散策しようかな。もっかい化粧するのだるいし」

館内着に着替えて月島が風呂に行ったのを見届けて、ホテル内を散策した。
景色のいいポイントを見付けたり、デッキに出てみたり。
コーヒーサーバーでコーヒーを頂いて部屋に戻った。
あまりにも最高ホテルすぎる。
ここの株、買うか…?
コーヒーを飲んで、ベッドに寝転んでいると徐々に意識がぼんやりしてくる。
月島は長風呂だし、8時まで時間はあるしひと眠りするか…









「起きろ、行くぞ」
「ん……ぁあ、はーい…」

揺さぶられて思わず目を開けた。
月島はすでに館内着から着替えていていたので、私も大慌てで準備を始めた。
化粧を直して、服を整えればオッケーだ。

「行けます!」
「じゃあ行くか」

月島と部屋を出て、地下鉄に乗り換えて月島を目指した。
どうせなので、駅の月島という看板と月島を並べて写真を撮っておいた。
月島は終始無表情なのでシュールさが際立つ。
杉元と尾形に一応送っておく。

もんじゃストリートなる道を歩いて、空いていた店に適当に入った。
中は賑やかで、老若男女とはこのことだと言いたくなる客層だった。
もんじゃと月島のビールと私のジンジャーハイをとりあえず頼んだ。
店内の熱気で顔がすでに上気しているのを感じる。

もんじゃを焼いてもらいながら乾杯をする。
月島は何てビールの似合う奴なんだろうか。
こんなにビールが似合う人間いるか?

もんじゃを鉄板に押し付けて口に入れる。
美味しい〜!
東京に住んではいるけど、ここまで来ないと中々もんじゃは食べないからな…

「うまいな」
「ね!久しぶりに食べたけどやっぱうまいね」
「美味しそうに食べるな」
「月島だって顔に美味しいって書いてある」

月島のへらは止まることを知らない。
うまいうまいと言いながらもんじゃを食べ進める。
昼に海鮮丼2杯食べた割にはペロリといけた。
ジンジャーハイはもう2杯飲み干した。
月島は3杯目のハイボールを飲んでいた。

「お好み焼きも食べたい!」
「焼きそばもあるぞ」
「え…じゃあどっちも食べたい」
「夜鳴きそば食べられるのか?」
「別腹だから」
「普通別腹は夜鳴きそばには使わないが」

何だかんだ言いながらも豚玉と焼きそばと私のジンジャーハイを注文してくれた。
月島は私に甘いのだ。

「最近ビール1杯しか飲まないよね」
「俺ももう若くないしな」
「気にしてんだね」
「ゆうこがどんどん綺麗になるから俺も気を付けようと思ってな」
「え…?ああ、えーっとありがとう?」

こういうことをサラッと言うので気が気でない。
酒で赤くなった顔が更に熱くなる。

「顔が赤いぞ」
「誰のせいだと…」

言いたいことはあったがジンジャーハイで口に流し込んだ。
お好み焼きも焼いてもらって、月島が切り分けてくれた。
美味しい…
体に直に効く炭水化物美味しい…

焼きそばを食べ終える頃にはもうお腹がはち切れそうだった。
せめて焼きそばはやめておくべきだった…
先に外出てろと言われて、体を外気にさらした。
店の中よりはマシだけど、普通に暑い。
お腹いっぱいだけど夜鳴きそばは絶対食べたい…

「お姉さん一人?さっきお姉さんがお店出てきた時から見てたんだよね」
「いや一人じゃないんで普通に絡むのやめてもらっていいですか」
「じゃあその子も一緒に飲みなおさない?俺たちいい店知ってるからさ」
「その子っていう程可愛いもんじゃないんですけど…」

まずい、面倒なことになった。
ナンパだ…
しかも複数人なのでたちが悪い。
普段なら完全無視で足早に去るところなのだけど今はそうもいかない。
月島はおば様に絡まれることが多いので、今もきっと会計を済ませながら絡まれているんだろう…

「全然連れ出てこないじゃん、行っちゃおうよ」
「いやマジで無理なんでホント困りますわ」

肩を抱かれそうになるのをサッと避ける。
月島が来るまで我慢だ…
意味のない押し問答程無意味な時間はない。
素数でも数えるか。

そうしているとナンパ越しにタクシーが止まったのが見えた。
こいつらが呼んだのか?

「帰るぞ」

ぐいっと腰を抱かれた。
月島が隣に立っていた。
ナンパ達が筋肉だるまに怯んだのがわかる。
月島がそのまま止まっていたタクシーに私を押し込んで、隣に座った。
月島がホテルの名前を告げると、扉が閉まってタクシーは走り出した。

「えっと〜?」
「会計する時にタクシー呼んでおいた。その後店主に捕まってな…悪かった」
「なるほど理解理解」
「ナンパ大丈夫だったか?」
「この歳になったらナンパぐらい適当にあしらえるから大丈夫」
「そんなにナンパされてるんだな……」
「うわ地雷踏んだか」

外を見ると高層ビルが見える。
若いころは夜景だ〜と純粋に楽しんでいたが、今はそうもいかない。
休日出勤…しかもこんな時間までお疲れ様です…
ホテルに着いて、夜鳴きそばを目指す。
遅い時間だからか列は出来ていなくて、夜鳴きそばまで直行した。
ワカメと海苔をトッピングして席に着く。
月島も色々乗せてるみたいだ。

「美味しい〜ちょっと塩気が強くて最高」
「全部食べられるか?」
「別腹だから」

夜鳴きそばを食べて、いったん部屋に戻ってから温泉に行く。
やっぱりここの温泉いいな…
ちゃんと各ブースにごみ箱が設置されてるってのがわかってるよね。

風呂を堪能したあと月島と合流してアイスを貰って、夜景を見ながらぼーっとしていた。
綺麗なんだけどね…

「バーがあるから行ってみるか?」
「いいね〜この前一人だったから行きづらくて」

館内着のままバーに入った。
こんなのが飲みたい、と曖昧なオーダーでもいいとのことだ。
夏っぽい飲みやすいカクテルを頼んだ。
月島はウイスキーを頼んでいた。

もんじゃ美味しかったとか焼きそばはやめるべきだった、と話しているとお酒がやってきた。
私のはバーボンウイスキーとココナッツジュースと、パインジュースを合わせた南国っぽいカクテルだ。
香りからしてすごく南国。
ハワイとか行きたくなる。
月島のはシンプルにウイスキーのロックだ。
アイラで醸造されたスコッチウイスキー。
ほのかに潮の香がして、燻製香が鼻を擽る。
乾杯をして、お互いコップに口を付けた。
う〜ん美味しい、そして飲みやすい。
ウイスキーの苦味がココナッツとパイナップルでうまく包まれている…

「来月、ゆうこの誕生日だろ」
「ね、何食べに行こうか〜」
「その日に籍入れるか」
「え?!」
「調べたら縁起的にもすごく良い日らしい。それまでにゆうこの両親にも挨拶に行きたい」
「ちょ、ちょちょっと突然すぎる」
「あの時から俺はずっと考えてたが」
「それは知らん。いや、結婚するとかは言ってたけどそんな、マジだったんだ…」
「俺の一世一代のプロポーズを嘘だと思っていたのか……」
「うわ地雷踏んだ。そうじゃなくて、なんか実感なくて」

結婚するということでどういった変化が起こるのか、実のところよくわかっていなかった。
名義変更が大変らしいだとか、役所に行かなきゃいけないだとかそういう事務的なことしか知らない。
ナッツを食べながらそんなことを考えていると、空いた手を月島に取られた。

「結婚は契約だ」
「そうだね」
「ゆうこを他の奴等に取られる前に俺のものにしておきたいんだ」
「なるほど……私も、月島が他の女にうつつ抜かしてたりしたら2人とも殺しに行くかも」
「…俺はそこまで言ってない」
「え、今の聞かなかったことにして」
「はは、無理だ。でも俺も多分同じだな」
「月島ホントに殺しそうだもんね」
「ゆうこもな」

腕っぷし的に私じゃ月島はやれない、だとか
それならジム通うか、だとか
そんな話を肴に飲む酒はいつも以上に美味かった。

部屋に戻ると眠気はMaxで、歯磨きをしてベッドに潜り込んだら瞼がすぐに落ちてきた。
おやすみと言うと、返事が返ってくる。
こういう幸せを積み重ねていきたいと、強く思った。







「起きろ」
「んー……あ〜…」

昨日のように起こされた。
カーテンを開けられ、眩しさに思わず目を閉じる。

「二度寝しない!バイキングが待ってるぞ!」

パンパン、と手を叩いて起床を催促される。
手を引っ張られて洗面台まで連行される。
歯磨き粉を乗せてもらった歯ブラシを口に突っ込まれた。
そのまま歯磨きを開始すると次第に頭が覚醒していく。

「よし行くぞ!」
「元気だな」

部屋を出てレストランまで行くとバイキングが私達を待っていた。
今日はサーモンにいくらにマグロにイカが食べ放題、だと……?!
ルンルンでマイ海鮮丼を作る。
最高だ…!
全部乗せちゃお〜!
隣のお盆を見るとマイ海鮮丼が2つ乗っていた。
流石だ……

席に着いていただきますをした。
2人してうまいうまい言いながら食べる。
たまにはこうして日常を離れてみたりして、ずっとこの人と生きていきたいと思う。
海を見ながら美味しいごはんを食べる。
海に残る月島の苦い記憶を、僭越ながら私が塗り替えていきたい。

「基」
「……」
「何その顔」
「…いや、ビックリした」
「私も月島になるんでしょ」
「あ、ああ」

基の箸が初めて止まった。
私の顔をじっと見た後、しばらくして箸は動きを再開した。
私も食事を再開した。

う〜ん、美味しかった。
もう本当にこのホテルマジで好きだ。
デザートと紅茶を優雅に楽しんでいると、基もコーヒーを持って来ていた。

「マジ美味しかったね〜」
「ああ、ありがとう」
「いやいやこちらこそ着いてきてくれてありがとう」

お互いもうお腹いっぱいで、レストランを後にした。
エレベーターに2人で乗り込むと、基が私を突然抱き締めた。
力が強いので若干痛い。

「どうしたどうした」
「ゆうこに名前で呼ばれて、こうしたかった」
「耐えてたの」
「人目があっただろ」
「そうだね、嬉しかった?」
「途轍もなく、」

エレベータが到着の音を立てたので、基は勢いよく私から離れた。
扉の先に誰もいなくてよかった。
傍から見れば、私達は明らかに何かあった2人だ…

コーヒーサーバーでコーヒーを頂いてから部屋に戻った。
テーブルにコーヒーを置くと、もう一度基に抱き締められた。
痛い痛い。

「そんなに喜んでもらえるとは思ってなかった」
「……ガキ臭くて悪かったな」
「基にも可愛いとこあるんだなって思っただけだから」
「わからん…」
「わかんなくていいの」

肘から下を何とか動かして、基の背中に手を回す。
筋肉でがっしりとした背中に安心感を覚える。

「俺と、本当に結婚してくれるのか」
「当たり前でしょ。基以外考えられない」
「俺もだ、ありがとう」
「私こそありがとう」

基は私を抱き締める腕に更に力を込めた。
部屋から海が見えていた。
海はキラキラと眩しくて、私は視界にそれを収めてから月島の肩に顔を埋めた。

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