宅配便のチャイムで目覚めた。
荷物を受け取って中身を確認する。
今日はこれを付けて行こうか、などとぼんやりした頭で考える。

冬が訪れたのは急なことだった。
早急に衣替えを終わらせるのは骨が折れた。
引っ張り出してきたコートを羽織る。
ブーツを履いて外に出ると空気が顔に突き刺さった。

「今から出ます、と」

そうメッセージを送ってから鍵を閉めた。
わざわざメッセージを送らずとも、向こうはすでに把握しているだろうけれど。

用事を済ませてから電車で移動する。
心地よい揺れに身を任せながら今日までのことを振り返る。
私は一体どこで間違えたのだろうか。
多分産まれ直す以外方法はなかったように思える。
彼に関わってしまったことが私の敗因だった。

花宮真という男は所謂幼馴染だった。
ずっと凄く仲が良かった訳ではない。
幼稚園、小学校、中学校と共に過ごしてそれからは別の道に進んだ。
真の性格の悪さは物心ついた頃には発現していた気がする。
普通に私もドン引いていたが、表向きは優等生なのでそこそこ仲良くはしていた。
中学校ではバスケ部の胡散臭い先輩について無限に愚痴られた記憶がある。

「25歳になったら籍入れるからな」

中学校の卒業式を終えて、真と帰宅していると不意にそう言われた。
理由を聞くと急にしおらしい演技をしてきたのでうざかった。

「俺との約束を破るなんざいい度胸してるじゃねえか」

まだ破ってないから、と言うと真は舌打ちして顔を背けた。
結局その話は有耶無耶になってしまって、その詳細については正直覚えていない。
高校でも頑張ってねーなどと言って帰宅した気がする。

それから私は高校へ入学することになる。
高校時代の仲いいメンツは今でも集まるぐらいには仲良しだ。
高校では結局彼氏は出来なかったけど、それなりに楽しかった。
一度だけ、友達と遊んでいる最中に真とバッタリ出くわしたことがあった。
お互い顔を合わせて思わず立ち止まった。

「真って友達いたんだ」

思わず呟くと真の友人たちが爆笑していた。
これは私の正直な感想だった。
真に気を許せる友達がいたことに、単純に驚いたのだ。

「ぶっ殺すぞてめぇ……」

真は相変わらず口が悪かった。
どうやらこの友人たちの前では猫を被らなくてもいいようだ。

「真の友達です。すみませんお邪魔しました」
「もしかして、君が噂の幼馴染ちゃんか」
「へえー意外。花宮ってもっと従順そうな女が好きだと思ってた」

友人たちに茶々を入れられて真がキレていたのを横目に、別れの挨拶を告げて立ち去った。
家が隣であることを友人たちに伝えると羨ましいと言われた。
良いのは顔と頭だけで、他は本当に擁護できる点がない。
エピソードを話すと明らかに引かれた。
覚えておけよ、と真からメッセージが入っていたので可愛いスタンプで返しておいた。

それから時は経って私は大学に入学することになる。
実家から通える距離にある都内の大学だ。
サークルにも入って、それなりに楽しく過ごした。
彼氏も初めて出来たし、充実していたと思う。
就活を何とか終わらせて、人生のモラトリアムが終わろうとしていた。
真のことは親から噂程度に聞いていたが、何だかすごく良いところに就職したらしい。
時折真とはやり取りをしていたが、就活お疲れと送ると既読無視された。

入社した時はやる気に満ち溢れていたはずなのに、すぐにその意欲はなくなることになった。
社会人というのは何と辛い……
大学卒業と共に実家を出ていたから、一人暮らしも寂しかった。
華金だけが唯一の楽しみだった。
終業後に同期と新橋に繰り出し、彼氏候補を見付けることに勤しんだ。

そんな生活も落ち着いた頃、やっと半年以上続く彼氏ができた。
ナンパ街で見つけたとは思えないぐらい良い人だった。
ベンチャーの社長で滅茶苦茶忙しそうだけれど、最近は大きな取引先も見つかりそうで安心できそうだと聞いた。
3年目の初め頃に見付けた彼とはもう7か月続いている。
誕生日もお祝いしてもらったし、クリスマスも一緒にクリスマスマーケットに出掛けた。
仕事が軌道に乗ってきたし来年には同棲も始めようかと言われて、かなり順調だった。
でもまさか、年が明けたらあんなことになるなんて、私は想像もしていなかった。



三が日を実家で過ごした後、私は一人暮らしの家に戻って休みを満喫していた。
来週になったら仕事が始まるなんて信じたくなかった。
映画を見ていると、インターホンが来訪者を知らせた。
そこには、真が映っていた。
何で?とは思ったが久しぶりに幼馴染に会いたくなったのかもしれないと、とりあえずオートロックを解除した。
親に住所でも聞いたのだろうか。
メッセージを先にくれればいいものを。

「久しぶりだな」
「急にどうしたの」
「まあいいだろ。寒いから中入れてくれよ」

彼氏がいる身で……と一瞬考えたけど真だしいいかと結論付けた。
多分それも間違いだった。
高校生ぶりに直接見たが、だいぶ大人になったようだ。
それは私もなんだけれど……
真は私の隣に腰かけると、私の飲みかけのコーヒーを勝手に飲み干した。
それからキッチンを漁ってコーヒーを勝手に入れていた。
真は相変わらず自分勝手らしい。
直接近況報告をするのも久しぶりで、結構話し込んだと思う。

「で、お前彼氏と同棲でもするつもりか」
「いやー実はそうしよっかってなってる所なんだよね」
「俺との約束は忘れてないよな」
「約束?ごめん何のことか全く心当たりない」

そう言った瞬間に真の顔から表情が消えたのを見た。
手首を強く掴まれて、次の瞬間背中に衝撃を受けた。

「……どういうつもり」
「それはこっちの台詞だバァカ」
「ごめん全然読めない」
「……俺は来週誕生日が来て25になるんだよ。本当に覚えてねェのか」
「………あ!」

そんなことはもうガキの戯言だと思ってすっかり忘れていた。
ガキ特有の下らない約束だ。
25を超えたら女は売れ残りだとかいう時代錯誤な考えがまだ残っていた頃だ。
それを聞いた幼稚園生の私が泣きながら真にお願いした。
25歳になったら私と結婚するのを約束して、って。

「でもそんなの、もう時効でしょ……」
「お前の中での話なんざ聞かねえよ。そもそも彼氏に、俺を部屋に上げたことを知られていいのか?」
「ちょっと!!」

手を一纏めにされて、服を弄られる。
幼馴染の男にこんなことをされている恥ずかしさと、彼氏への罪悪感と、判断をミスった自責の念でおかしくなりそうだった。

「これから起こることだって、お前の彼氏に伝えてやってもいいんだぜ」
「やめて!」
「それにお前の彼氏が路頭に迷ってもいいのか?」
「……どういうこと」
「お前の彼氏の会社、すべての取引を切って1つの所に集約させようとしているだろ」
「……何で真が知ってるの」
「何でって、……俺がそうアドバイスしたからな」

まさか、彼氏の取引先って真の会社だったなんて……
最悪だ。
真が口角を上げていた。
私は血の気が引くのを感じていた。

「脅しだね」
「俺は事実を伝えてるだけだぜ」
「最低だよ。分かってる?」
「分かんねぇよ。俺はお前との約束を守ってやってるだけだ」

抵抗してみるも全く歯が立たない。
今日は正直危ない日なので本気でやめて欲しかった。
そもそも真は本気で私と結婚するつもりだったんだ。
そういえば中学生の時も言われた気がする。
あれはまさか、本当に本気だったんだ。

「私のことそんなに好きだったんだ」

私がそう言うと真は手を止めた。
その隙に、何とか手を自由にさせて服を戻した。
相変わらず真は私に跨ったままで、顔を伏せていた。

「……お前の方が何も分かってねぇよ」
「……」
「俺の性格はお前が一番分かってるはずだろ」
「……まあ、そうだね」
「分かったら俺の誕生日に彼氏と別れてこい」
「……」
「……分かったな」
「……分かった」

真は私から体をどかせて、後ろに鎮座するベッドに横たわった。
私も体を起こして真を見下ろした。
目線が合うと、真は不機嫌そうに眉を歪ませた。
怒りたいのはこっちなんだけど。

「……顔真っ赤だけど」
「……お前の部屋暑すぎんだよ」
「……緊張した?」
「……するわけねぇだろバァカ」







改札を出て冷気に晒される。
潤んでいた目も風のおかげで乾いていく。
温度差のせいで出てくる鼻水を何とか啜る。

「遅かったな」
「……誰のせいだと思ってんの」
「お前だろ」
「うわムカつく」

心から好きだったし幸せだった。
これは完全に私が悪い。
私のせいで彼氏が仕事が出来なくなるなんてことは、あってはならないのだ。
今の仕事が楽しいと言っていた。
彼の楽しそうな顔を奪いたくなかった。
私は私のやり方で彼の幸せを守ったのだと、そう思いたい。
日はもう沈みかけていて、街が暗くなろうとしていた。
まだ申し訳ない程度に残っているイルミネーションを見て歩く。

「ゆうこ」
「何」
「愛してる」

大きめなモニュメントの前で真は私の手の甲に口付けた。
周りから冷やかしの声が若干聞こえてきた。
この男はこうやって格好つけないと愛の言葉も囁けない人種なのだ。
仕方のない人間だ。

真に持たれている左手の小指に付けたリングが光る。
サイズ変更したこの指輪は、私が彼に貰った最後のプレゼントだった。
小さなダイヤが光って眩しかった。
視界がぼやけて、私はやっと泣けたんだと思う。
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