「誰だそいつ……ぶっ殺してやる……」
「探し出して拷問でもしてやろうぜ」
「……叩き斬ってやる……」
「ぶち殺しましょう」

四者四様の反応を見て、私はミスを犯してしまった可能性を感じ始めていた。







遡れば、それは半年前の事だ。
私は親友のゆうこと温泉旅行に来ていた。
電車を2本程乗り継いで、私達は目的の地にたどり着いたのだ。

観光もそこそこに宿に辿り着いた私達は、昼から酒を煽ることにした。
何と、ビールハイボールレモンサワーが24時間飲み放題だったのだ!
本当は本当にダメなのだが、アルコールを十分に補充した後に温泉に入るなどした。
あまりにも温泉が有難さ過ぎてゆうこが泣いた。
それにつられて私も泣き出してしまい、傍から見ればただの不審者だったと思う。

温泉から出て夕飯にすき焼きを堪能した。
夕飯では良い酒が飲み放題だったので、片っ端から頼んだ記憶がある。
私達はもうだいぶ酒が回っていたんだと思う。
下らない話をしていた時にゆうこが口を滑らせた。
社会保障費が高いだの税金が許せないだの貯金が本当にないだの話していた時だと思う。

「今までなんか言うタイミングなかったんだけど私さあ、家賃払って貰ってるんだー」

私は少し正気に戻っていた。
家賃?いやでもゆうこハウスってセキュリティしっかりしてる普通のアパートだった。
贅沢している感じもなかったし生活に困っている感じも特になかった。
趣味のものはあるけどこだわり無いからコスパ重視みたいなこと言ってたし……
文脈的に親に払って貰っている感じでもなさそうだ……
となると、パパ活……?

「しかも誰が払ってくれてるか分かんなくてさー、気付いたら家賃振込完了の控えだけがポスト入ってんの。うけるよねー」
「うけるか?!ってかそれ大丈夫なの……」
「うん!全然大丈夫だよ〜家に盗聴器とか監視カメラとかもなかったし!」
「流石にそれは調べてるか……ちなみにそれっていつから?」
「5年ぐらい前かな〜、当たり前になりすぎて報告遅くなっちゃった♪」

長すぎない?!
社会人になって一人暮らし始めた頃からってことじゃん。
見返りもなくただただゆうこハウスの家賃を自ら払い続けてるってこと?!
怖すぎるよ……

「それで4年ぐらい前からは水道ガス電気もあしながおじさんが払ってくれてるんだー」
「生活支えられすぎじゃない?!あんた電気代やばいのに!」
「そうなの!だからちゃんとあしながおじさん貯金してるよ!」
「散財してなくてよかったけど……よかったのか?」
「あとね、おいしいクッキーと『いつもありがとうございます♡』ってメッセージをポストに入れておくと、あしながおじさんが貰っていくんだよ〜サンタさんみたいだよね!」
「まあ、そうかもしれない……?」

事実は小説より奇なり……
全然飲んでないじゃんと言われたが当たり前だ。
煽られたのでとりあえず梅酒を流し込む。
これは……現実か……?
親友が顔も知らない人間に生活の基盤を支えられているのを何年も知らなかったなんて……

「一応聞いておくけど、他になにか貰ったりしてないよね……?」
「3年前ぐらいからかな?アマギフも入ってることあるよ」
「アマギフも?!」
「私が楽〇ユーザーだったらどうするの?って感じー」
「いやそうじゃないでしょ」
「毎月1日に3万円ずつ入ってるよーいつもは貯めてるんだけど、この前大きい買い物する時に使わせてもらっちゃった♪」
「この前のお泊りで私が寝かせてもらったソファーってもしかして……?」
「正解〜!」
「そしてあの新しくなったゲーミングチェアも……?」
「大正解〜!」
「最悪のクイズ……」

この前ゆうこハウスに新規参入した滅茶苦茶良いカリモ〇のソファー……君は実質謎のあしながおじさんに買われたものだったのか……
そしてあの腰に優しそうなゲーミングチェアも……
ゆうこは悠長に肉を食べているが私はただ芋焼酎を飲むことしかできない。
おちょこが空になるたびゆうこが酒を注いでくる。

「3年待ったけど持ち主が現れないってことは、もううちのアマギフになったってことだよねって思ってさ」
「まあそっか……じゃあ私も知らないうちにあしながおじさんの恩恵を受けてるのか……」
「そういえばそうだね。この前うち来た時に食べたお米はあしながおじさんがくれた商品券で買ったんだよー」
「待ってこの人商品券も貰ってる」
「あ、そういえばそうだね。あしおじの支援が当たり前すぎて忘れちゃってた」
「あしおじありがとう……美味しいお米だった……」

ここまできたらもう何を支援されていても驚かない。
多分商品券も何年も前から貰っているのだろう……

「もう、お肉全部食べちゃうよ!食べな食べな〜!」
「はいはい、わかったから……」
「でもね、ちゃんと貰った分いつでも返せるように貯めてるから!返せって言われても大丈夫だよ!」
「そっかーまあいい心がけ、なのかな……?」

ゆうこが肉を私の皿にてんこ盛りにしてくるので仕方なく食べる。
私としてはゆうこの話を聞くだけでだいぶお腹いっぱいなのだけれども。
それから部屋に戻ってでかいテレビで下らない動画見てハイボールをかちこんだ。
正直飲まなきゃやってられなかった。
一瞬でも正気に戻るとあしおじのことを考えてしまって、ゆうこといる時間を心の底から楽しめなくなっていた。
そのあとのことは曖昧で記憶を飛ばしたんだと思う。

朝起きた時には頭が激痛かったが、服は着てたし布団に入っていたから昨日の自分はうまくやったみたいだ。
もしかして昨日聞いた話が全部嘘だったんじゃないかと一瞬よぎった。
途中から私の妄想で、記憶が混同していたんじゃないか?
とりあえずカマかけるような質問でもしてみるか……

「ねえ、あしながおじさんって誰なの?」
「私も分かんないんだよねー、でも追及しないことであしおじも私も上手くいってるならいいかなって」

現実だった……

「まあ何か危なそうだったらすぐ連絡するから!危なくなかったから今まで言うの忘れてたんだし!」

ゆうこはいつものようにふにゃりと笑った。
そうしてそれから半年経った今日。
私達は共通の友人達と久し振りに集まっていた。
同じ大学で知り合った杉元佐一。私とは研究室も同じなので割と3人で仲良くしていた。乙女な一面もあるが良い奴だ。
そしてゆうこの研究室の先輩、尾形百之助。先輩ではあるが今はもう普通にタメ口だ。嫌味ったらしいし性格も悪いがたまに会うと面白いので誘ってしまう。
さらに私とゆうこのバイト先にいた後輩、鯉登音之進。バイト先の親会社の御曹司で、社会勉強のために普通のバイトとして潜入していた奴だ。うるさいが真っ直ぐで良い奴ではある。
最後に私達の勤め先の上司、月島基。堅物の鬼上司だと思っていたが、会社の外では案外ノリがよく面白い。いつも奢ってくれる。
何でも4人とも別で元々つながりがあったらしく、それならもう全員で会おうとなったのがこの会の始まりだった。
私とゆうこの間ではあしながおじさん、通称あしおじの話題がこの頃当たり前になっていたので気を抜いていたのだ。
男性陣がそれぞれ席を立って2人っきりになった時に私達はあしおじのことで盛り上がってしまった。
そしてあしおじの話を4人に聞かれてしまうのだった……
詳しく教えろという強い声にお答えして、何故か私が経緯を話すことになった。
4人とも神妙な顔で私の話を聞いていた。

「私は今の生活気に入ってるからこのままにしておいてね!」
「……でも俺、ゆうこさんのことが心配なんだよ」
「大丈夫!セキュリティバッチリだから〜」
「セキュリティバッチリなのにポスト荒らされてるんだな」
「うっ……ポストだけ外にあるから……」
「ゆうこが追求して欲しくないとそんなに言うなら私達が出る幕ではないか……」
「ごめんねーお気持ちだけ貰っとくね」
「何かあったらすぐ言うんだぞ」
「はーい!親友にすぐ連絡します!」

すぐに私に連絡してくれるみたいだ、嬉しい。
殺気立っていた男たちが徐々に正気を取り戻していく。
こいつら何だかんだゆうこのこと気に入ってるからな〜……

「でも誰なんだろうな……商品券とか送る奴なんて異常だろ」
「家賃払うとか正気じゃないな」
「電気ガス水道も大概ヤバいだろう」
「俺としてはアマギフも怖いが」

和気あいあいとしていた卓が淀んだ空気になってしまった。
誰かがいややっぱり殺そう、と言えば今すぐにでも全員が犯人確保に走り出しそうだ。
これも私が口を滑らせたせいだ……
いや、でもあしおじはいずれは公になる存在。
もう遅いが早いうちに公表できてよかったと考えよう。

「あ、そういえばこの前の徹夜で厳選する動画ちょっと見たよ」
「ありがとう〜♡すっごく苦労したんだよね。でも自分のアバターがハダカデバネズミだから頑張れたよ!」
「やめてよ……ゆうこがハダカデバネズミになったの、私のせいなんだから……」

そう、ゆうこは純粋なるポ○厨なのだ。
会社終わりの金曜日から日曜の夜まで、体力の限界まで○ケモンをやり続けるタイプの人間なのだ。
ゆうこが配信を始める時、当時私が好きだったハダカデバネズミをゆうこが受肉して配信者となったのだ。
もし私があの時もっと可愛いものにハマっておけば、ゆうこがハダカデバネズミになる世界線を防ぐことが出来たかもしれない。
声も奇妙な声に変えているので中身がゆうこであるとは全く分からない状態になっている。
配信も不定期ではあるが、固定のファンもいるし一定数以上の視聴者がいるようだ。
ゆうこはひたすら1人で厳選を繰り返して最強を作ることにしか興味が無いので、誰かとコラボしたりは全く考えていないらしい。
まあ、私はあまり詳しくないのだけども……
ゆうこが楽しそうであればそれでいい。

「俺も見た!面白かったよ!」
「ありがとう!すっごくイライラしたけど、最終的にはまあ良かったかなー」
「お前がイラついてる姿、腹抱えて笑ったぜ」
「尾形さんが腹抱えてるところ全然想像つかないんだけど!うけるねー」

ゆうこは平日は大人しく会社員をしているが、休日は一切外に出ずただひたすらポケモ〇をやり続けているのだ。
平日にゲーム機に触れると止まらなくなるから、一切手を出さないことを自分に誓っていると言っていた。
こういっちゃああれだが、恋人など作る気はないように見える。
この4人はまあいい奴等だし、ゆうこはこのうちの誰かと付き合うのかなーと思っていた時もあったが全くその予兆はない。
ゆうこの趣味にも生活にも理解がありそうではある。
ゆうこがその気を見せれば全員喜んで付き合いそうではあるが……

「……貴様ら恋人などはまだいないのか」
「鯉登君ってそういうデリカシーのない質問とかするんだ〜」
「そ、それは失礼した……だが実際どうなのかと思ってな」
「いるわけないじゃんね〜いたらこんな生活続けられないし!私は今が永遠に続いてほしいよ〜」
「私も残念ながらいないわ……ってかここにいる全員恋人いないじゃん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「うわ、黙り込む成人男性こわ……」

4人とも眼からハイライト消すな怖すぎるわ、やめてくれ。
私も何だかんだ今の生活気に入ってるし、隔月でゆうことお泊りしたりこうやってご飯食べに行けたりするので満足してる。
そこに新しく誰かが入り込んでくることは考えられないかな。

「私、こんなに最高な友達がいて今がすっごく幸せだよ♡」
「え、私も同じ気持ち。ありがとう」
「俺も……すっごく幸せだよ……」
「……」
「私も同じだ……!」
「悪い気はしないな」

場がほっこりしたところで退店のお時間となってしまった。
今日は金曜日なので、帰ったらゆうこはまたポ〇モン厳選耐久するのだろう。
それにしてもあしおじは本当に誰なんだろう。
配信者としてゆうこは身バレしていないし、もちろん住所もバレていない。
それなのにこんなに献身的にただただ生活費を払い続けるなんて……
それも数年に渡って。
異常だと断言できるが、見返りを求めずにひたすら金を払い続けていることには尊敬の意すらある。
あしおじみたいな恋人だったらゆうこの生活の邪魔にはならない可能性もあるな。
まあ、それはゆうこが決めることなのだけど……

ゆうこは鉄道会社が違うので先に1人バイバイすることになった。
バイバーイと、ゆうこは手を振って帰っていった。
そして残った男4人に、私は言うことがあった。

「あんたたち、絶対にあしおじ探しはやめてよね」

断言しよう。
こいつらは絶対にあしおじを探し出して半殺しにする。
未来で見てきた、と言ってもいいぐらい絶対にやると思う。
なんなら結託してでも見つけ出しそうなのが怖い。

「……俺たちのことを信用していないのか」
「月島さんが何なら一番やりそう」
「俺たちがあいつの望まないことをやると思ってんのか」
「あんたら普通にやりそうだから言っておこうと思って」
「安心して!俺がこいつら見張っておくから!」
「杉元……暴走した君が一番怖いまである」
「私達は絶対あしおじを探すことはしない。ここで誓おう」
「……本当だね?頼むよ。#nae#に変な心配とか変な変化とか感じさせたくないんだよ」

ゆうこの親友として、あしおじが無害である限り、ゆうこが望むのならばこのままにさせておきたい。
あの子が泣いたり、悲しんでいる姿は見たくないのだ。

「じゃあこの話おしまい!みんなもあしおじのこと、当たり前に受け止めといてね」
「うん、わかった」
「じゃあ私こっちだから。また集まろう〜」

4人とも軽く手を挙げてくれていた。
全く信用できないが、4人を信用してみよう……
本当に何もなければいいのだけれど。







それからしばらくして、4人は本当にあしおじの追及はしていないようだ。
ゆうこから悲しみの声がなかったのだ。
そしてなぜかアマギフと商品券が2万円ずつ増えたとの報告があった。
ボーナスってことかなーと言ってたが多分違う。

ゆうこハウスは相変わらずで、特に変化はない。
今日も私はゆうこハウスのカ〇モクソファーで横になって、あしおじの恩恵を受けていた。
ここに来て2万円の増額って何なんだろう……
数年変わらなかったあしおじに、何があったんだろうか。
昇進したのか?
いやいや……考えたって仕方ないな。
隣の部屋が静かになったのを感じながら、私は瞼を下した。
何か答えに辿り着きそうな気がするが、何にも辿り着けないような気もしていた。
しばらくすると睡魔が襲ってきたので、身を任せることにした。

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