私は彼にとってただの甘味屋の店員の一人としか思っていないことを私は十分に理解していたしそれに納得もしていた。
私にとって彼は恋慕を募らせる対象であったが、それ以上に尊敬の対象であった。
私はただの町娘で彼は新撰組の偉い人であって、そこには身分の差があることもわかっていた。
彼がたまに連れているあの女の子に対して彼が惹かれているのも知っていた。
私がそれに対して嫉妬したりする立場でないことも分かっていた。

「餡蜜一つ」
「かしこまりました」

私と彼との会話はいつも似たようなものだった。
注文を聞いてそれを承る。
ただそれだけだった。
私はそんな関係に満足していたしこれ以上進むことのない関係であることも理解していた。
私は年が近い平助くんと仲良くなったが、それすら彼に近付くためではないかと自分に問うてしまっていることに気付いたときには流石に自分に呆れた。
彼の隣のあのかわいい女の子と私との違いはきっとどうしようもないものであることも分かっていたし諦めていた。
私は平助くんに彼への気持ちを話すことはなかったし、その気持ちすら誰にも気付かせないために私は細心の注意を払っていた。
平助くんはもしかしたら私の気持ちに気付いていたのかもしれないけれど、平助くんがそのことに触れることはなかった。
平助くんは優しくて、それでいて兄弟のように頼りがいがあった。
いつしか私は平助君と話すのが楽しくて、彼のことを聞きたいのか平助君と話したいのか、自分でも自分が理解出来なくなっていた。
時が流れても私は変わらずに甘味屋の店員をやっていた、ただ変わったのは平助くんがぱったり店に来なくなってしまったことだ。
私は何か失礼なことを平助くんにしてしまったのだろうか。
それとも私の中に渦巻くこのやり場のないどす黒さを見透かして私から離れて行ってしまったのだろうか。
そういえば私は平助くんに文を書いたこともなかったしどのように連絡を取ればよいのかも分からない。
私と平助くんの関係ってこんなにも脆いものだったのか、と私は今更になって理解した。
そんなとき彼がふらっと店に一人でやってきた。
私はここぞとばかりに話し掛けた。
平助くんのことを聞きたいのか、それとも彼と話す話題が出来たことに舞い上がっていたのか、その時の私がなにを思っていたのか今では全く思い出すことができない。

「あの、平助君は、」
「……」

彼に平助くんの安否を尋ねると黙ってしまった。
ああ、きっと平助くんは死んでしまったんだと私はぼんやりと思った。
平助くんだって新撰組の一員であって私とは生きてる世界が違うっていう基本的なことすら忘れてしまっていた。
私は再び自分に呆れ、ため息をついた。
私が泣くことはなかった。
平助くんの死を通して死というものの存在を何となく近くに感じた。
ひたりひたりと近寄ってくるその存在を私は確かに感じ取っていた。
平助くんはどうやって殺されたのだろうかと考えると夜も眠れなかった。
苦しみながら死んだのだろうか、それとも苦しまずに死ねたのだろうか。
平助くんが死んでから私は平助くんのことを考える機会が増えた、それは彼のことを考えることよりも圧倒的に多かった。
私はもちろん彼に好意を持っていたが、いつからか平助くんに対して確かに好意を抱いていたことを私はふと自覚した。
平助君といるだけで楽しかった。
つまらない世間話で盛り上がって笑って。
ただそれだけが幸せだったのだ。
それ自覚したところで平助くんが戻ってくることはないのだから私のこの恋心はまた無駄になってしまうんだなと思い、思わず自分を嘲笑った。
私は布団から這い出て夜の街を歩き始めた。
夜風は冷たくて私の体からじわじわと体温を奪っていった。
河川敷で足を止めて月の浮かぶ夜の川を見るとどこかやつれた自分の顔があった。
何て美しくない顔。
平助くんが今の私を見たらなんと言葉をかけてくれるのだろうと思って薄く笑った。

私が川辺を歩いていると、どこか様子がおかしい新撰組の方々を見つけた。
彼等は通常の人間とは違い髪は白く、瞳は紅く濁っていた。
彼等は私を見つけると刀を振りかざし、私を切りつけた。
胸から腰にかけての大きな傷から赤い血が迸った。
その赤い色が私に死を自覚させた。

「……ゆうこ?」

私が内蔵を撒き散らして横たわっていると誰かか私の顔を覗き込んだ。
それはなんと平助君だったのだ。
平助君は泣いていて、その涙が私の頬を濡らしていた。

「…平助くん、生きてたの…?」
「ゆうこ…こんなっ……こんなことになるなんてっ…!!!」
「平助くん、…ありがとう」
「ゆうこ……、」

再会した平助くんはさっきの新撰組の方々みたいな容姿をしている。
白い髪に赤い瞳。
その赤は私の赤に似ていた。
もしかして私はもう死んでるのかな。
平助くん、あなたの人生の中で私が関わってたことを忘れないでね。
平助くん、私なんかのために泣いてくれてありがとう。
駆け付けてきてくれてありがとう。
私、あなたが好きでした。

「さようなら」
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