好きだと何度伝えても彼女がそれを受け入れることがなかった。
何故なら彼女にはそれはそれは有名は夫がいたからだ。
いつも俺の愛の言葉は宙に浮かんで消えていった。
彼女の愛の言葉はいつも彼女の夫に向けられたものであった。

「そろそろ帰らなくちゃ。彼が仕事から帰ってくるわ」
「そうか」

彼女に受け入れてもらえないことはわかっていた。
俺が先に目をつけていれば、現状は違っていたのかもしれない。
自分に好意があると知っていながらこうして一緒に食事に誘ってくるゆうこは本当に意地の悪い女だと俺は思う。
それでも俺は現状に満足していた。
この関係を壊すぐらいなら、俺の愛の言葉などうち捨てられても構わない。

「君の夫は元気にしているかい?」
「ええ。それはもう元気に暗殺してるわよ」

何で俺から恋敵の話題を提供しているんだ。
ゆうこといると自分の思考回路が曖昧になってしまう。
幻影旅団の頭がこのざまだ。

「クロロの今度の獲物は何かしら?」
「遠い島国の古い本の貴重な原本さ」
「怪我はしないように気を付けてね」

当たり前だ、と答えるとゆうこは艶やかな赤い唇で薄く笑みを浮かべた。
その唇に俺はいつも欲情してしまう。
真紅であるのに下品さはなく、寧ろ上品で奥ゆかしいその唇に俺は引き込まれてしまう。
誘っているはずはないのにその誘っているような唇に俺はいつももどかしさを感じる。
身支度を済ませて店の外に出ると日が落ちてすっかり辺りは暗くなっていた。

「月が綺麗ね」
「ああ、満月じゃないか」

ゆうこは意味ありげにふふっ、と軽く笑った。
その無邪気とも含蓄があるともとれる表情に俺は何故かとても切なくなってしまった。

「じゃあねクロロ。今度の獲物、私も楽しみにしてるわ」

そう言うと彼女は自身の念能力で帰って行った。
そういえば彼女は今度の獲物の島国の出身だと聞いた気がする。
今度会う時は獲物を理由に会ってくれるだろうか。
俺は彼女の夫にこの気持ちを知られてはいけない。
盗賊が愛する女一人盗むことが出来ないだなんて。

俺は彼女の残り香を感じながらその場を立ち去った。
月が俺を嘲笑っている気がした。

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