◎第拾玖話


あれからずいぶんと時間が経ち、攘夷志士との戦いが激しくなってきた頃。
原田さんと永倉さんが新選組を離隊することになった。

離隊が決まった夜、縁側に座る原田さんを見つけた。

「原田さん。」

本当に行ってしまうんですか。
その言葉は原田さんの苦笑を見ると言えなくなってしまった。
あぁ本気なんだと分かってしまった。

「まだ、全く恩返しが出来てません。」

すると手招きをして隣に座るように促した。

「名前、ちょっと話そうぜ。」

少し間を空けて座るとまた苦笑したが、すぐに真面目な顔つきになる。

「あれは俺が好きでやったことだ。
お前に恩を返してもらおうなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。」
「ですが!」
「まぁ、最後まで聞けよ。」

人差し指を口に当てられて思わず黙る。

「お前がもし、俺の願いを一つ聞いてくれるなら……」

原田さんは一呼吸置いて私の肩に手を乗せて引き寄せた。

「俺に、着いてきてくれないか?」

頭の処理が追い付かない。
どういうこと?
原田さんに着いていくって事は新選組を離隊しろってこと?

「あの、原田さん……。」
「勿論無理にとは言わねぇし言えねぇよ。
でも恩とかは関係なく、お前の意志で俺と一緒にいたいと言ってくれるなら……。」
「???」

意味がよく分からなくて固まっていると原田さんは唸って頭をガシガシとかいた。

「やっぱり遠回し言うのは駄目だな。」

そう言うと原田さんは私を離して真っ直ぐと私の眼を見て言った。

「名前、俺はお前が好きだ。
誰にも渡したくない。
だから俺に着いてきてくれないか、ずっと。」

顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かる。
涙まで溢れてくると原田さんは焦って拭ってくれた。

「悪いな、いきなりこんなこと言って。
お前と離れる前に伝えたかったんだ。」

声が上手く出せないけど、これだけは伝えなくちゃ……。

「あり……がとう、ござい……ます……。」

原田さんはふっと笑ってよっこいしょと立ち上がる。

「それが聞けて良かったよ。
じゃあな、名前。
こんな戦争なんかで死ぬんじゃねぇぞ。」

そう言って私に背を向けた。
原田さんが、行ってしまう。
もう会えなくなってしまう。
そう思うと無意識に叫んでしまっていた。

「名前?」
「待ってください!
私はまだ、好きだと言う感情がよく分かりません!
でも今こうして原田さんと離れてしまうのは嫌です!」

今の私なら分かる。
昔の私には分からない感情。
原田さんに好きだと言ってもらって嬉しかった。

「原田さんと、一緒にいたいです!」
「……離してほしいって言っても離してやらないぞ。」
「私が原田さんを嫌いになることなんてありませんよ、絶対に。」

そう言うと原田さんは私をぎゅっと抱き締めた。
強い力だけど優しく、大事に。
私はそれにそっと答える。

「名前、愛してる。」
「……分かりませんが、きっと私も同じ気持ちです。」



「あーあ、名前も出てっちまうのかぁ。
もっと試合したかったぜ。」
「ありがとう、平助。
私も平助と試合出来て楽しかったよ。
身体には十分気をつけてね。」

出発する朝方、平助に別れを伝えに行ったら惜しまれたが笑顔で見送ってくれた。
近藤さんにはお礼を言えたけど沖田さんには何も言えなかったから千鶴に手紙を託した。

「名前ちゃん……。」

千鶴はぼろぼろと泣きながら私に抱きついてきた。
私もつられて泣いてしまった。
泣かないと決めていたのに……。

「元気でね、千鶴。」
「離れてもずっと、友達でいてくれる?」
「当たり前だよ。
千鶴は私の初めての友達だもの。
ずっと大好きだよ。
必ず、また会おう。」
「……うん!約束だよ名前ちゃん。」

そう言って離れてお互い笑いあった。

「お前は強い、だがその強さは誰かの為に奮えば更に強くなるだろう。
…………左之と仲良くな。」
「勿論です。
斎藤さんと闘えたこと、とても良い経験になりました。
ありがとうございます。」

そして最後に土方さんの方を向いて頭を下げた。

「今までありがとうございました。
沢山迷惑をかけてすいません。
それでもここに置いてくれたこと、とても感謝しています。」
「お前はその分働いたんだ、頭を下げる必要はねぇよ。
元気でな。左之と新八を頼むぞ。」
「はい、飲み過ぎないようにしっかり見張っておきますね。」
「げっ、刀構えながら言わねぇでくれよ!
ちょっとくらい見逃してくれよ名前ちゃん。」
「駄目です。……最後の副長命令ですから。」そう言うと土方さんはふっと笑って私の頭を撫でた。
そしてこっそりと小さな声で「千鶴と末長くお幸せに」と言うと撫でていた手で叩かれた。


一人ずつ別れを交わすと私は沢山の人と関わったんだと改めて感じる。
私はもう、独りじゃない。

「そろそろ行くぞ、名前。」
「…………はい!」


屯所から少し離れると永倉さんは溜め息をついた。

「なんか俺、 邪魔してるみたいだよなー。」
「そんなことないですよ。
私の我が儘で一緒に行かせてもらってるんです。
私の事は気にしないでください。」
「いや、邪魔だな。
俺は名前と二人がいい。」


「これからもよろしくな、名前」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」


この人と、共に生きていく。



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