◎第参話


昨日は鬼を名乗る……苗字だったか?が来て屯所が騒がしかったが今日はいつも通りに戻っていた。

「巡察行ってくるわー。」

大きな騒動も無く市中は珍しく平和だった。
さぁそろそろ屯所に戻ろうか。
そう思った時、

「おい小娘!
お前は勤王の志士様に楯突くつもりか!」
「ご、ごめんなさい!」

見ると道に座り込んだ少女を不逞浪士が怒鳴り散らしている。
どうせぶつかられてキレているのだろう。
あーあ、今日は珍しく平和だと思ったんだがなぁ。
仕方ねぇなぁ。

「おい、お前…「止めろ。」

声を掛けようとした瞬間、少女の前に出てきたのは昨日の男、苗字だった。

「あぁ!?お前も俺様に楯突くつもりか!
止めとけ止めとけそんなほっそい身体で俺様に勝てるわけねぇよ。」
「大丈夫か?
怪我してないか?」
「う、うん。」

鼻で笑う浪士を無視して苗字は少女を抱き起こした。
その行動に苛ついた浪士は刀に手を掛けた。
「身の程を弁えねぇ奴にはしっかり身体に教えてやらねぇと、なぁぁ!!」

勝負は一瞬で決まった。

「弁えてないのはお前だろう。」

苗字は浪士の一太刀を避け、喉元に刀を突き付けた。

「ひっ、ひぃぃ!お、お前何者なんだ!」

浪士は刀を落として尻餅をつき、そのまま後退った。
苗字は刀を収め、浪士を冷たく見下ろす。

「唯の通りすがりだけど。
それにそこの新選組さんは見てるだけなんですか?」
「し、新選組!?」

あいつ、そこまで気付く余裕があったのか。

「まさか。お前ら大人しく神妙お縄に付いてもらおうか。」

浪士の捕縛は隊士に任せて俺は苗字に近づいた。


「お前まだ市中に「お兄ちゃん!さっきは守ってくれてありがとう!」
「………どういたしまして。
これからは気を付けなよ。」
「うん!」

少女が去ってから声を掛けるとまた冷たい無表情に戻った。

「へぇ、そんな顔も出来るんだな。」
「何の用ですか。」
「お前あんな事があったのにまだ京の町にいるんだな。
帰らねぇのか?」
「………帰る場所なんてありませんから。」

苗字は小さく呟いた。
その声はまるで置いてきぼりにされた少女のようだった。

「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。
家も無いお金も無い、それだけです。
それでは。」
「あ、おい!」

踵を返して去ろうとする腕を慌てて掴んで引き留める。

「まだ何か?」
「いや、お前どこ行くつもりなんだよ。」
「さぁ?どちらにせよ貴方には関係無い事です。」

苗字は鬱陶しそうに腕を睨み、俺を見た。
そりゃ、ほっとけないだろ。

「お前、新選組に入らないか?」
「…………あ、貴方は馬鹿ですか?!」

苗字は驚き呆れた。
その顔には初めて感情と言うものが現れていた。

「わざわざ荷物を抱える必要はないでしょう?!」
「荷物じゃねぇよ。
お前はおそらく幹部並みに強い。
それは新選組にとって大きな戦力になる。
どうだ、悪い話じゃねぇと思うが?」

苗字は考え込むように口許に手を当て、下を向いた。
理由は分からねぇがこいつが何か問題を抱えているのは明らかだ。
それにもし長州の連中と繋がりがあるならその時は切り離せばいい。
どちらにせよかなりの手練れであることは確かだからその辺は土方さんも分かってくれるだろう。
今は人手が必要だ。使えるものは使っとけ。

「………とりあえず、話だけ聞かせてもらいます。」
「そうか、なら行こうぜ。」

俺は苗字の腕を掴んだまま屯所へと足を速めた。



しおりを挟む