(※学パロ)

ない。思わず小さく呟いた言葉は虚しくも雨音によって消された。夕方から雨が降るでしょう、そんな言葉を聞いてしっかりと持ってきた大事な傘はキレイさっぱり傘立てから姿を消した。




「525円…」



せめて盗むなら傘代ぐらい置いてけや、と空になった傘立てに思わず手を着いてうな垂れる。あぁなんて悲しい世の中なんだ。雨のせいで陰気くさくなる感情にため息ばかりがこぼれる。一度脱いだ上履きをもう一度履き直して私は職員室の忘れ物置き場に向う。なかったらマジで泣くんだからな!とひょこっと忘れ物置き場を覗けばラッキーなことに最後の一本。いよっしゃあ!とガッツポーズしたいところを抑えてスッと傘に手を伸ばした瞬間、あっ!という声が聞こえて私は思わずびくりと肩を揺らした。




「あ、なまえー!」

「…大輔」

「何だーなまえで良かったー」

「何だって何だよ」

「だって知らない人だったらどうしようかと思って」

「それは良かったね」

「傘、俺も忘れたんだー」

「あーそう」

「だからね、」

「何?」

「いーれて!」

「却下」

「ちょっと!」



困ってる人は助けなさいな!と相変わらずアホみたいな大輔をほおって私はそそくさと職員室を出る。なまえーなまえ!と後ろから私を呼ぶ声を完璧に無視をして下駄箱に手を掛ければその手が上から押さえ付けられて私は嫌々横を見た。




「無視はいかんよなまえちゃん」

「ごめんなさい、私耳が遠いの」

「とりあえず一緒に傘入れてよ」

「だからさ、やだって」

「いやいや外見て下さいお姉さん」

「あらやだ、雨だわ。急いで帰らなきゃ」

「こらこらこら」




こうなりゃ上履きのまま帰ってやる、と半ば強引に歩るき出した私の手を大輔が引っ張って止める。あーもうやだなー。




「傘忘れた大輔が悪いよ」

「それなまえが言う?」

「私盗まれたんだもん」

「え、そうなの?」

「そうなの。だからご機嫌斜めなの」

「えー機嫌直して俺入れてよ」

「見て大輔。この傘1人用」




ばさっと開いた傘を自分の上で広げればちょうど私1人が入れる小さなビニール傘だ。ほらね。そうやってわざとらしく見せつければ、ふーんと呟いた大輔が私の手から傘を奪って、問題ないよ、とグッと私に近づいた。




「ほら、こうやって近づけばいいの」

「ちょっ!アホか!近いわ!」

「だって濡れないためには仕方ないよ」

「濡れないためには大輔が入らなきゃいいじゃん!」

「えーケチケチしないのー」

「ちょっと!大輔っ!」




ほら帰ろうよー、とちゃっちゃと靴を履き替えた大輔が私の手を引く。傘!傘返せ!とそんな抵抗も虚しく2人で入るのにはあまりにも小さい傘に無理やり入りながら校門を出る。ガツガツと常に当たる肩が鬱陶しくて少しでも濡れないように抱えた鞄を見つめながら私は無言のまま歩く。




「………ねぇ」

「何?」

「なんか気まずくない?」

「そう?」

「え、何これ何?てか何してんの私達っ?」

「えー何ってほらぁ」



相合傘だよ。そんな言葉を言われた私は思わず大輔を見た。あ、相合傘だって…!ハッとして何か文句を言ってやりたいのに妙に熱くなった顔に何の言葉も出て来なくて、その代わりにやっと見た大輔の顏とやけにビチョビチョなYシャツが目に着いて私は一瞬息が止まった。




「ちょ!大輔っ!」

「んーなぁに?」

「あんた肩びしょ濡れじゃんっ!」

「え、あ、本当だー」

「そんな間抜けなっ、てかダメだし!」

「うおっち!」




驚く大輔に構わずに傘の柄を掴んで無理やり大輔の方に傾ければ、びっくりしたーなんてさっきから間抜けな声を出す大輔を私は思わず軽く睨みつけた。




「一緒に入るって提案したんならちゃんと入れ!」

「うん」

「てかなんか、気づかなかった私最低か!」

「いやーそんなことないよー」

「もうこうなったら私も半分濡れるわ!」

「えっ、」




意味が分からないと言うように呆気にとられる大輔から奪い取るように傘を掴んで真っ直ぐと傘を差し出せばポツポツと降る雨に一瞬にして体がびしょ濡れになる。これでフェアになったからな!と半ばやけくそでそう言い放てば、何かを耐えていたような大輔の口からプッと笑い声がもれてあはははっとよく聞きなれた笑い声が私の耳に届いた。



「な、何笑ってんのっ!」

「だってなまえ、男前にも程がある…!」

「っ!」

「なんだよもー」

「何だよって何だよっ!」



楽しそうに笑う大輔に少したじろげばあっという間に傘を持つ手を掴まれて私たちの頭の上に真っ直ぐと傘が開いた。



「女の子にフェアとかないのー」

「あ、あるっての…!」

「せっかくの相合傘だったのに」

「っ!」

「女の子濡らしてたらそれこそ俺が最悪じゃん」




そう言った大輔が、まったくこんなに濡れちゃってー、と鞄からハンドタオルを取り出したかと思えば私の頭にバサリとかけた。




「うわっ、」

「本当に風邪引いちゃうよー」

「っ!」




思わず驚いて大輔を見上げれば、空いた手が私の頭をポンポンと何度が叩いた。その瞬間、カーッと一気熱くなった顔を少し下に向ければ傘と一緒に握られていた手がゆっくりと離されて、今度は大輔の両手がタオル越しに私の頭をガシガシと拭いた。



「ちょっ…!」

「大丈夫大丈夫、このタオル525円だから」

「そ、そういうことじゃなくて…!」

「えーじゃあどういうこと?」

「だから、そのっ…」

「え?何て言った?」




そう呟いた瞬間、大輔がタオルの隙間から私の顔を覗き込んだ。その行動にびっくりして思わず下を向いていた顔を上げればバチリと合った視線にまた顔が熱くなる。な、何なんだこいつ。熱くなる私の体も、目の前の大輔もみんなみんな意味が分からない。




「ア、アホか!」

「痛った!」




そんな暴言を吐いてから思わず振り下ろした傘が大輔の背中にバスっと当たった。痛いなーと少し苦笑いをした大輔はもう一度覗き込んだ私の顔を見てどこか嬉しそうにへにゃりと笑う。顔、真っ赤。そう言って私の頭をもう一度タオルで拭いた大輔にいよいよ私は傘を落とした。








この恋525円
(あ、この傘も525円だ)


20130927

1997