なんかやっぱ女子は少女漫画のような展開に憧れる生き物だと私は思う。私も19歳大学1年生というラスト10代を迎えてしまったわけだが、いくつになっても憧れる物は憧れる。今日は久々にバイトもない、学校も早くに終わる。こんな日は少女漫画を読み耽ってやるぜ!と気合いをいれていたが、母さんから買い物と愛犬の散歩を無理やり任されて断念。…てか私って本当に19?




「じゃあ行ってきますよー」

「あ、ついでにみりんもお願いー」

「はーい無理言うなー」




行くよ、と愛犬にリードを付けて私は家を出た。後ろで母さんが何か言っていたがそんなもんは気付かないふり。だいたい歩きで出かける娘にどれだけの量の買い物を頼んでやがるんだ、とポケットのメモを見てため息。




「あーぁ。寒くなってきたよー」




だんだんと赤く染まってきた空に私は1人呟く。歩く度にカパカパと音が鳴るサンダルにやらかしたなと後悔しながら、可愛い可愛い愛犬に視線を移す。ご機嫌そうに尻尾なんか振って意気揚々と歩いている姿はもう日本一可愛い(親バカ)。しかしこんな可愛い愛犬を連れて歩いている私も相当可愛いんじゃないか。少女漫画からするとこれはもしや、黒ラブなんかオシャレに散歩する超絶イケメン兄さんが『可愛いですね、あなたが』とか言って話かけてくるんじゃなかろうか?




「あれ、なんかそういう展開?」




そういう展開きちゃう感じっ?とニヤニヤと笑いながら思わず愛犬の前にしゃがみ込んで頭を撫でくり回す。おーよしよし。わしゃわしゃと撫でる度に嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるこいつはやっぱ世界一可愛いわ。




「お前可愛いなー」

「本当ですね」

「っ!」

「可愛いですね、わんちゃんが」

「っっ!」





き、きたこれーっ!犬から広がる友達の輪ー!からの恋愛ぃぃ!期待100%で声のするほうに勢い良く振り向けば何だか見たことのある男で私は思わず舌打ちをした。やっぱり地元じゃダメか。




「ずいぶんにやけてましたね」

「うるさい黙れ杉田っ!」




思いっきり憎たらしい顔をして私は目の前の男、杉田智和を見た。よりによって杉に見られるとは一生の不覚っ!しかしお前は何しとんねんわれー!と半ばヤ○ザのように声をかけようとすれば杉の足元でうごめくグレーの生物に目がいった。




「い、い、犬っ!」

「それが何?」

「え、犬飼ってたの?」

「まぁ」

「えぇー!」

「そういうなまえもなんだ」

「まぁ」




そんな会話をしていればいつの間にか足元ではフガフガとお互いの愛犬が匂いを嗅ぎ合っている。見たところうちのと同じミックス犬というやつだろう。まぁうちの子の方が可愛いけど。






「散歩してんの初めて見た」

「まぁ今日から始めたから」

「今日から?」

「そう、出会いを求めて」

「はっ?」

「犬を通じて出会う運命の相手っ!」

「はぁ」

「わんわん物語みたいにねっ!」

「それ101匹わんちゃんだろ」

「なにっ?」






101匹わんちゃんだと…っ?私の渾身の例えは杉によってあっさり切り捨てられた。残念なことに杉のアニメの知識は確かなので間違いないだろう。あーなんか負けた気分。






「しかしなんでよりによって杉が…」

「知らないよ」

「空気読んで読んでー」

「だいたい出会いなんて…」

「黒ラブを連れたイケメン兄さんにな!」

「あーないない」




そんな兄さん地元には居ないだろ、と呆れたように付け足した杉に私は更に不機嫌になった。まぁ確かにこの辺で黒ラブ連れてんの五十嵐のおばちゃんぐらいしかいないけどー…。




「現実的なのは雑種を連れたおじちゃんとの出会いだな」

「チクショー現実的だーっ!」

「もしくはおじいちゃん」

「おじい…っ!」




そう言ってへへへっと憎たらしく笑う杉にもう一度舌打ちをすればやけにリードを持っている手が上へ下へと激しく動く。もう何だよ、と足元を見れば意気投合したように足元で2匹が楽しそうにじゃれ合っている、あーちょっとちょっと。ぐいぐいと引っ張られるリードに腕がだんだん疲れてきた。




「しかし仲良いな」

「もう引っ張られ過ぎて腕が辛い」

「こらなおじ」

「おいー良い子だからー」

「なおじもなまえん家の犬が好きみたいだな」

「え、なおきの事をっ?」

「あれ、オスなの?」

「ううん、メスだよ」

「…そう」




何か言いたげな杉はスルーして、なおきはモテモテだなー羨ましいなーという意味を込めクンクンと鼻を鳴らして私を見上げるなおきの頭をよしよしと撫でた。知らないうち真っ赤になった空に帰りのチャイムが鳴り響いている。そうだそうだ、買い物があったんだった。




「じゃあもう行く」

「おう、頑張っておじちゃんと出会ってこい」

「違う!兄さん!」

「居ないと思うけどな」

「見つけてやるわチクショー!」




さぁ行くぞなおき、とカパリとサンダルを鳴らして一歩足を踏み出せば気持ちとは裏腹に体が前に進まない。…なおき?何事かと振り返れば、なんとまぁリードの先で思い切り踏ん張っているなおきがいる。…だからなおきさん?




「なおき行くよ!それは私の求める兄さんじゃないから!」

「ずいぶんひどい言い方だな」

「なおき、お前は出来る子!だから私を困らせないでー!」

「ほらなおじもおいで」

「買い物行くよなおきー!」




グーっとリードを引っ張っても何してもなおきはびくともしやしない。いつからこんな強い子になったんだーなおきーっ!





「………」

「………」





どれぐらい格闘したか、なんてもうこの際どうでもいい。どうでもいいから私と杉の間に流れるこの微妙な空気をなんとかしてくれ。少し荒くなった息を整えて杉を見れば、足元で楽しそうにじゃれ合うなおきと立ち尽くす私を交互に見て、杉ははぁぁとため息を吐いた。





「ちょ!いや、違うよ!いつもはもっと言うこと聞きまくる名犬!名犬なんだからね!」

「分かってるよ」

「でも今日はちょっと私よりなおじくんに負けた、というかなんというか…」

「別になおじも俺のことも無視してるから大丈夫だよ」

「……あぁ、そう」

「うん……」

『………』






ってなんだよこれー!また私達の間に流れる沈黙にやたらと動悸が早くなる。というかもう買い物どうすんだ!チラリと見たなおきときたらなおじにピタリとくっ付いてやたらと懐いているようだ。………。こうなったら最後。




「杉、私と付き合って」

「はっ?」

「え、あ、違う!そういう意味じゃない!」

「うん、分かってるよ」

「買い物に付き合ってってことなんだからね!」

「いや、何でツンデレ風?」

「う、うるさいわっ!」

「あーはいはい」




私をあしらうように適当に返事をした杉が、ほらなおじ、と声をかければ2匹が同時に杉を見上げた。いや、なおきはなおじじゃないだろう。そんな突っ込みを飲み込みながら私も2匹を見つめればパタパタと尻尾を振っている。……あぁ何この後ろ姿。もうこいつらったらさ、宇宙一可愛いわ。




love dog you
(少女漫画のような展開?)
(これが出会いでしょうか?)


(ちょっとなおき引っ張らないで)
(なおじもこら)
(って距離近いよ杉っ!)
(文句ならこいつらにどーぞ)


20111122
1997