「なァトシ、ちょっといいか?」

近藤さんが、珍しく思いつめたような、深刻な面持ちで部屋に来たのは、つい先日の、夕餉を終えた後のことだった。


 どうしたのかと問いかけると、えっとなぁ、と何やら口ごもる。

「何だよらしくねーな。言いたい事があるなら早く言ってくれ」
「ああ、そうだな、うん」

──名前をウチの女中として迎え入れたいんだ。
そう言った近藤さんは、ばつが悪そうに頭をかいた。


 沖田名前。俺達が武州で道場に通っていた頃からの知り合いで、総悟が言うことを聞く数少ない人間。彼女は総悟の実姉であり、それは即ち、あの沖田ミツバの、実の姉妹であることを意味していた。

「……急にそんなこと言われたって困るよ近藤さん。何か事情があるのか?」
「アイツに──総悟に頭下げられたんだ。離れて独り暮らししてる姉ちゃんが気がかりだ、ってよ」
「いや、だけどな」
「アイツも心配なのさ、その……ミツバ殿のこともあったし、な?」
「…………。」


 俺達が真選組を立ち上げてから、残されたミツバと名前姉妹は、女二人きりで暮らしていた。ミツバとは旅立つ前に言葉を交わしたっきり──それも当然か──だったが、名前からはしばしば屯所に手紙が届いた。その中身がまたこちらの事情を知ってか知らずか、「姉といつも、皆さんに会いたいという話をしています」「姉と二人でいつかそちらに遊びに行きますね」といったものだったのだが。
 その内ミツバは江戸へと嫁ぐこととなり、以来妹の名前は単身武州で暮らし始めた。───そしてまもなく姉ミツバは、肺病でその生涯を閉じることとなる。


 「……少し考えさせてくれねェか。明日までには答えを出すから」
「ああ、頼むよ」

そう言って部屋を出ていく近藤さんを横目に、俺は深い深い溜め息を吐いた。


「……名前、か」

 彼女とは久しく会っていないが、その姿は未だにはっきりと思い出すことが出来る。俺にやたらつっかかる弟を諌めたり、かと思えば姉弟一緒になって攻撃してしたり。負けん気が強くて、無邪気な子供のような少女だった──今はもう立派な女性か。
 そんな名前を、全く何の落ち度もない彼女を受け入れることに躊躇しているのは、その姿がどこか姉に似通っていたからだろうか。

 十四郎さん、と名前を呼ぶ声が頭に響く。分かっている。分かっているのだ、非は全て自分にあることなど。傷付けられるのを見たくなくて、だからわざと傷付けたんだと自分に弁解したところで、本当に言い訳をしたい相手はもうこの世にはいない。
 それに対比するように、名前が俺を呼ぶ声が聞こえる。いつも屈託なく笑うその表情の奥に、ミツバの姿が見えた。
 

 これは贖罪だ、と自分に言い聞かせる。好きだった女一人守れずに、ただ闇雲に傷付けてしまったことへの、そして、あの日のことを思い返す度罪の意識に押しつぶされてしまいそうになる自分を助ける唯一の贖罪なのだと。





 ──……さん。
──かたさん!


「ひーじーかーたさんってば!起きてます!?」

どこまでも渦巻いていた思考が引き戻されて、現実世界へと戻ってくる。男たちがこぞって騒ぎ立てるその喧しさに、今が名前の歓迎会だったことを思い出した。座って寝たりしないでくださいよと、隣に座る彼女が文句を言う。

「寝てねェって」
「じゃあ目開けたまま寝てました?」
「なわけあるか!」

考え事してたんだ悪かった、と詫びる俺に、何考えてたんですかもう、と名前は若干呆れたように笑った。その笑顔に、“贖罪”の二文字が蘇る。


 名前をこの真選組へと受け入れた理由。それがただの罪滅ぼしなどではなくて、もっと俗物的な──自分の願望によるものではないかという疑念を、無理矢理にでも払わずにはいられなかった。
  




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