昔──姉さんがまだ生きていた頃は、こんな風にしてファミレスに来ることも多々あった。あの頃はまだ総悟も十になるかならないかの年だったから、外でご飯を食べるという話になると、いつも早く行こう行こうと騒いでいた。それに我が家は裕福な家では無かっだから、デザートも頼んでいいよと言った日には、ものすごいきらきらとした顔でメニューを食い入るように見つめていたのをよく覚えている。


 いらっしゃいませ、何名様ですか?と笑顔いっぱいで出迎えてくれた、アルバイトと思しき店員に、二人ですと指で示す。──煙草をお吸いになられますかと聞かれなかったということは、あれ、もしかして私もまだまだピチピチの十代に見えているのかしら。


 少々いい気分で、案内された席へと座る。向かい合った総悟の表情は、見るからにご機嫌な様子だ。ウエイトレスが置いていったメニューを開いて二人で眺める。パフェにケーキにアイスに……デザートですらこんなに種類が多いなんて、どれにしようか迷ってしまう。

「よし、今日はこのお姉ちゃんが奢ります!何でも総悟の好きなの頼んでちょうだい?」
「ほ、本当ですかィ?」

もう立派に働いているのだし、ファミレスくらい自分で来ることなんてわけないだろうに、総悟の表情は私まで嬉しくなるほどにパッと輝く。この程度のお礼でここまで喜んでくれるなら、私としても連れてきた甲斐があるというものだ。

「えっと、じゃ……俺はこれで」
「あっ、それ美味しそうだね」

総悟が指さしたのは、大きな文字で今だけ!期間限定!と銘打たれた、“朝摘みベリーのDXパフェ”なるものだった。苺やラズベリーやブルーベリーが、文字通りデラックスな感じに盛り付けられたパフェだ。よし、私もこれにしよう。早速席に店員を呼び、そのベリーパフェを二つ注文した。

 
 注文を受けた店員が去ってふたりきりになった私たちの話題は、当然のごとく真選組についてのものになる。


「そういえば、私がこっちへ来れるように色々と取り成してくれたの、総悟なんだよね?」

ほんとにありがとうね、ずっと言いそびれてたから。深々と頭を下げると、総悟はいやいやと首を振る。

「そんな大層なことしてませんって。ていうか、その話姉ちゃんに教えたのって、一体」
「えっと、土方さんがね、前に教えてくれたの」
「アイツが、ですか」

土方さん、という言葉を聞いた途端に、総悟の顔が明らかに曇った。今、私何かまずいことを言っただろうか。

「あの、何かその、ごめんね……?」
「いや、別に姉ちゃんが悪いわけじゃねェから、気にしねーでくだせェ」

姉ちゃんには何も問題はないから。そう前置きした上で総悟は、ただね、と続けた。

「俺ァ、ずっと思ってたんですよ。姉ちゃんがこっち来てから、姉ちゃんとアイツ──土方のヤローがやけに親しくなったような気がするって。……そりゃ、ふたりが昔からそれなりに仲がいいってのは俺だって知ってますけどね。……それでも」

──それでも俺ァ、嫌なんでィ……姉ちゃんが二人ともアイツに取られちまうなんて。 

「総悟……」

小さく顔を伏せる弟の姿に、私は声をかけることが出来なかった。
 もちろん私は姉さんのように土方さんに想いを寄せられることなんてあるわけないし、私だって土方さんに思いを寄せるなんてことは──。

「なーにおかしなこと言ってるの、もう!考えすぎだってば」 

弟に掛ける言葉もなく、この暗い雰囲気に耐えかねた私は、総悟の心配を一蹴するように言った。そうだ、そんなことがあるわけがないのだ。

「そう……ですよねィ。すみません、俺がワガママ言って折角姉ちゃんに連れてきてもらったのに、勝手に暗くなるようなこと言って」
「ううん、いいのいいの!」

何とか総悟から重苦しい表情が消えたのを見て、ほっと安堵する。そうそう、久しぶりに二人でお茶してるんだから、もっと楽しい雰囲気じゃなきゃ!


 場が明るくなったタイミングを見計らったように、ウエイトレスがパフェを二つ持ってきた。メニュー写真と違わぬその豪勢さに、思わず息を呑む。ストロベリーのジェラートと、その上に惜しげもなく乗せられたブルーベリーとラズベリーが、私の食欲を刺激する。

「うわっ、美味しそう!」
「思った以上にでっかいパフェですねィ、これは」
「総悟の分余ったら私が食べたげるから、心置き無く残しなさい?」
「それはこっちのセリフですぜ、姉ちゃん」

スプーンを手に取り、二人とも手を合わせていっせいにいただきますを言おう──としたその時。


 「銀ちゃん銀ちゃん、これすっげーアル!なんかすげー苺みたいなのいっぱい乗ってるヨ!私これがいいネ!」
「ガキは黙っていちごシロップかけたかき氷でも食ってろ。あ、タバコは吸わないんで」
「折角給料も入ったんですし、たまには神楽ちゃんの食べたいもの食べさせてあげてもいいんじゃないですか?」

「よりによってアンタらかよ……」
「あの人たち、総悟のお友達?」
「いや、俺が今一番会いたくなかった知らない人です」
「……そ、そうなの?」

 やけに騒がしい三人組の客が入ってきたと同時に、総悟の顔からサッと血の気が引いていくのがわかった。
  




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