十二


 「こ、故障ですか?」
「うん、そうらしいんだよね。俺もさっきおばさんから聞いたんだけど」

やっぱり急に言われると困っちゃうよねー、と嘆く山崎さんの手には、近くのラーメン屋のチラシが握られている。きっと出前でもとるのだろう。


 真選組屯所には食堂が併設されており、大体の隊士はそこのおばさんが作るご飯を食べている。
 がしかし、今日、夕時になって突如知らされた食堂お休みの知らせ。何でも調理設備に不具合があったようで、今日一日は復旧が難しいとのことだった。
 山崎さんに聞いてみたところ、このように食堂が休みになることは珍しくないらしく、他の隊士たちは驚くこともなく各々で晩ご飯を食べに行ったり、自分で調達してきたりしている。そもそも元から必ずしも食堂でご飯を食べなきゃいけないわけだから、さして困る話でもないのだろう。ただ、私には周りと比べ土地勘がない上、普段他所にご飯を食べにも行かない。


「名前ちゃんはどうするか決めた?」
「うーん、あまりまだこの辺に詳しくないので、どうしようかと……」
「あー、それもそっか」

困ったら出前を取るのも手だよ、と山崎さんはチラシを私に見せようとして、何かを閃いたようにポンと手を打った。

「あそうだ、副長と食べに行けばいいんじゃない?」
「ひひひ土方さんとですか……ッ!?」
「そうそう、名前ちゃんの方からでも誘ってさ──あ、むしろ土方さんから誘ってきたり?」
「そんなとととてもじゃないけど誘えませんし、むむっ向こうからも誘われませんって!」

思わず言葉をつまらせる私を、山崎さんは怪訝そうな目で見る。そりゃもちろん一緒にご飯に行けたら楽しいだろうなあとは思うけど、思いますけども!

「あれ、そんな俺まずいこと言った……?だって、名前ちゃん副長と仲いいしさてっきりもうそういう仲なのかと──」
「ないないないです!全くの勘違いです!誤解ですよっ!」
「な、何もそんなに否定しなくても……」

副長が仲良さげに話す女の人って名前ちゃんぐらいじゃない、そういえばこないだなんて副長に屯所まで送ってもらっちゃってたの見たしさ──と言う山崎さんの顔が、こちらを見た瞬間に引き攣った。何事かと振り返るとそこには、土方さんが怪訝そうに立っていた。

「何だ。……俺がどうかしたか?」
「あっいや、俺は別に何もお邪魔するつもりはないですから!それじゃね、名前ちゃん!」

あとはお二人でどうぞ──これも随分と誤解を招く言い方だし──、と言い残して、そそくさと山崎さんは去っていった。私と土方さんだけが取り残される。

「どうしたんだ、アイツ」
「さ、さあ……私にはよくわかんないですね」

あなたをご飯に誘えばいいじゃないって勧められてました、なんて正面切ってどうして言えるだろうか。まさか他人を、よりによって土方さんを誘う度胸など持ち合わせているはずもなく、私も山崎さんに続きこの場を立ち去ろうとした、のだけども。

「あー……ちょっと待て名前」

私の肩を筋張った手が掴む。驚いて反射的に身体が跳ねると、土方さんは小さく悪いと謝った。

「お前、もうどこに飯食いに行くか決めたか?」
「決めてない、です──というか私、今それでどうしようか迷ってまして」

本当困っちゃいますよ、ととりあえず笑ってみると、土方さんはしばらく逡巡したように口ごもったあと、やがて口を開いた。

「じゃあ、一緒に食いに行くか?」

付け足すように、こないだ今度出かけようとか言ってたろ、と土方さんは言う。まさか向こうからお誘いを貰えたことに、そして思っていた以上にそのことを自分が喜んでいることに戸惑った。それを悟られないように、私は大きく頷く。

「はい、ぜひ行きたいです!」
「んじゃ行くか。お前なんか食いたいもんあるか?……何でもいいとかはやめろよ」
「えーと、そうですね」

蕎麦とかラーメンとか麺類もいいですけど、ご飯ものもいいなあ。呟く私に、なら何処がいいものかと土方さんか唸る。

「……定食屋でも良いか?美味い所がある」
「おっ、いいですね定食屋さん!」

こうして私は、先日の約束の件もあって、二人でご飯へと出かけることとなったのだった。
  




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