「アッハッハ!そりゃあ災難だったなあ名前。まあ何にせよ、無事でよかった」

 とにかく大変だったんです天人は怖いし人は多いし──と愚痴を零すと、近藤さんはまた大きな声で笑った。笑い事じゃないですよ、と文句を言いたくなる。


 駅から人生初のパトカーで輸送されること数分。車は目的地の真選組屯所へと到着した。取調室で簡単な調書を取った後、そのまま局長室へと通され、今に至る。
 局長室で公務に励んでいたらしい近藤さんは、笑顔で私を迎えてくれた。相変わらず豪快な笑い声が懐かしい。

「それにしても久しいなぁ……俺達が武州を出てもう四年になるのか」 

 近藤さんや土方さん、総悟たち道場の門下生が江戸へと移り住んだのは、約四年前のことだ。本当は私も着いていきたかったのだけれど、私には武術の心得を無かったし、何より姉を一人置いていくのは流石に気が引ける話だった。

「男手がいなくなってから、何かと生活も不便だっただろう」
「そりゃあ、近藤さんたちがこっちにいた頃に比べれば、どうしても女だけで暮らしていくには──まあ、最近じゃもう、屋敷に住むのは私一人だけになっちゃいましたし」
「そ、そうだったな……すまねェ、辛い記憶掘り返しちまったみたいで」

 私と総悟の姉であるミツバ姉さんは、私達の母親代わりのような存在であった。昔から病気がちだった姉さんの代わりに家事をこなすことは多かったのだが、みんなが江戸に上ってから少しして、姉が労咳を患っていることが分かったのだ。日々の生活費に加えて医者にかかるためのお金や薬代を払うのは、いくら仕送りがあれど楽なものではなかった。
 しかしそんなある時、姉さんに一つの縁談が舞い込んできた。相手は巷でも名を馳せている貿易商人だったそうで、これで名前にも迷惑をかけなくて済むようになるわね、と姉さんは言った。本当にこれで良かったの。そう問いかけたときの、その寂しそうな笑顔を覚えている。
 結局姉さんは、その後病が快方にこともなく、江戸の地でそのまま息を引き取った。姉さんは本当に幸せだったのか、本当はもっと別の道を望んでいたのではないか──その答えは今となっては誰にもわからない。

「いいんですよ、別に気にしなくて。いつまでも引きずってはいられませんから。それにこれからはみんなと一緒に暮らせるんですし、ね!」
「お、おう!そうだな!」

 些か重くなってしまった雰囲気をなんとか戻すように、私は、ここ真選組でのこれからの仕事について聞くことにした。

「それで、えっと、女中の仕事ってひとくちに言っても、何をすればいいんでしょう?」
「ああ、細かいところに関しては追々説明しようと思うんだが──簡単な炊事や隊士たちの衣服の洗濯に屯所内の掃除……ってとこだな」

挙げられた仕事はどれも、今までに自分でこなしてきたものばかりでほっとひと安心する。

「じゃあ、まさしく皆さんのお世話係って感じなんですね」
「そういうことになるかな……何なら名前も、俺たちと一緒に江戸の治安も守ってみるか?」
「とととんでもないです遠慮致します」

私も流石に命は惜しいので、そこは丁重にお断りさせていただく。

「冗談だよ冗談。間違っても名前に身の危険がないようにって総悟にも釘刺されててるからな」
「よ、よかった……」

昔道場で嗜む程度には剣術を習ってはいたけれど、江戸の命運を背負えるほどの技術は生憎持ち合わせていない。剣を振り回して戦うより、ハタキを振り回してホコリを払う方が私にはよっぽど似合っている。


 「もう隊士たちには新しい女中が来るってのは伝えてある。どんなのが来るかみんな楽しみにしてたよ」
「楽しみって言われると緊張しますね……」
「名前なら大丈夫さ。──それで、今晩はみんなへの挨拶の意味も込めて歓迎会を開くつもりだったんだが、大丈夫か?」
「あっ、はい!もちろん!」

そう。武州からの旧知の仲の人もいるけれど、組織が大きくなった今、はじめましての人の方が多いだろう。女中として働くにも、隊士たちと打ち解けることがまず第一に必要だ。
 真選組に来て最初の大イベントに、緊張せずにはいられない私であった。
  




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