「えーそれじゃあ、名前への歓迎の意を込めまして──」

──乾杯!と叫ぶ近藤さんに続き、みんなも各々の盃を掲げ叫んだ。私もそれに倣う。
 広間には真選組の隊士たちが集まり、ずらりと向かい合わせに座っている。話には聞いていたけれど、こんなに人が多いとは。総悟がむさ苦しい野郎ばかりの集団だと言っていたのも正直納得だ。
 前側には総悟たち隊長職の面々が並び、私は上座側──いわゆるお誕生日側に座っている。横には土方さんと、そのまた隣には近藤さん。新米女中ごときがこのような場所に座るのもいかがなものでしょうかと控えめに抗議したものの、今日は名前の歓迎会なんだからいいじゃないか、とそのままここに落ち着くハメになったわけだ。「今日の主役」タスキをかけられなかっただけマシか。

 余りの人の多さとその熱気に気圧されて、若干の所在なさに困っていると、隣で盃を傾けていた土方さんが声をかけてくれた。

「──どうだ、懐かしい顔も多いだろ」
「そう、ですね。でもやっぱりびっくりします……近藤さんや土方さんや総悟たちが、こんなに大きな組織を作ったんだなあ、って思うと」

 江戸で一旗揚げると言った彼等の言葉を、正直なところ、最初は本気にしていなかった。そりゃ確かに近藤さんには人を惹きつけるカリスマ性があるし、土方さんはああ見えて頭が切れるし、総悟は誰より剣術に秀でているし。この人たちが組めばきっとこの日本中のどんな人たちより屈強な組織が出来るとは信じていた。けれど、田舎者というだけで邪険に扱われる世の中だ。どれほど彼等が有能だったとしても、それが世間に受け入れられるのか──。みんなの背を見送りつつ、私はそれを不安に思っていた。でもそんな心配をよそに、真選組は江戸一の警察機関へと成長したのだ。

 昔を懐かしむ私に、土方さんは感慨深そうな顔をして笑う。

「ああ。あんな荒くれ者の集まりだった奴等がいつの間にか江戸守る役人になってたんだ……世の中ってのもわからねェもんだな」
「ふふ、全くですね」
「……にしてもあれが警察の部隊長ってェのは俺もどうかと思うがな」

視線の先には顔を真っ赤にしてぐでんぐでんになった総悟の姿。飲めないくせに調子に乗って逆にお酒に飲まれるのは相変わらずなようだ。姉としてもこれはどうかと思う。


 しばらく二人談笑を交わしていると、どこからともなく私に挨拶を求める声が上がってきた。恥ずかしいですやりたくないですよ、と言ったものの、私の歓迎会という名目上前に出ないのも角が立つ。土方さんにも何か喋るよう促され、私は立ち上がった。

 やはり周りには“一番隊隊長沖田総悟の姉”という肩書きが一番注文すべき点だったようで、部屋の端々から「あれがあの隊長の姉ってマジかよ」「弟とは全然違うな、やっぱり」といった褒められてるんだか貶されてるんだかわからない声が聞こえてきた。一体普段総悟は何をやらかしているんだろうか。いや、元からちょっとばかし危険な子なのは知っていますけれども。
 とりあえず気を取り直して、コホンと一つ咳払いをする。

「えーと……はじめまして。沖田名前です。皆様ご存知の通り、そちらで伸びている総悟の姉でございます。近藤さんたちとは一応昔からの知り合いでして、そのご縁でこうしてここに女中として勤めさせていただくことになりました。不束者ではございますが、何卒よろしくお願いします……!」
「名前には早速明日から仕事に就いてもらう。まだわからないことも多いだろうから、お前らもここの先輩として色々教えてやってくれ」

近藤さんの呼びかけに、はい!と威勢のいい返事が返ってきた。

 男所帯の中女一人で暮らすなんて──と、最初はこれからの生活に少なからず不安を感じていたけれど、どうやら心配は杞憂だったようだ。

 暖かく私を受け入れてくれた隊士たちへの感謝の意を込めて、私は改めて深々と礼をした。
  




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