彼女でござる
花のJKでござる
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直接目に飛び込んで来る陽射しに思わず目を細める。
頬を撫でる風は優しくて、少し離れた場所にある桜の枝を揺らし、私の足元で桜色の花びらが舞う。

徳川家の庭での移動はちょっとした散歩道になっていて、ジョギングや軽い運動をするには持って来いの場所だ。
小さな人工の川まで流れる庭は、ちょっとした公園のようになっている。
おまけに人工の小高い丘まであって、その丘の一方の斜面は崖になっていて、クライミングスポーツまで出来るようになっていた。

子供の頃は、よくこの崖を素手で昇らされていたっけ。
修行だとか言って、川に突き落とされもした。
よく考えてみれば子供の頃のほうが、より忍者に近いことをやってたかも。
まあ、子供だったからこそ、遊び感覚もあったほうが鍛練に集中出来たのかも知れないけど。

「急がなきゃ。遅刻しちゃう」

この庭って、東京ドームで例えたら何個分だろ?
よくわかんないけど、家の玄関から表門に辿り着くのに徒歩だとかなりの時間が掛かってしまう。
そんな中庭は一般に公開していないのが勿体ないくらい立派な庭で、桜並木の下に設置されているベンチでOLさんがランチでもしてそうだ。

時刻は朝の六時半過ぎ。
人工池の脇には自販機もあり、ひとっ走りする前にスポーツドリンクを買った。

「んー、今日もいい天気!」

今日の私は、朝からとても機嫌がいい。
今日から普通の授業が始まって、いつもよりも長く晴臣のそばにいられるから。
プライベートでどこかに出掛けでもしたら別だけど、基本的に休日の晴臣は滅多に外出しない。
なぜって、ちょっとした息抜きがしたいなら、庭を散歩するだけで事足りるし。

中等部を卒業してからこちら、長期休暇のせいで晴臣と顔を合わすことが殆どなかった。
昨日は入学式のお陰で久しぶりに晴臣に会い、今日からは日中に限って言えば、ほぼ一日晴臣と一緒にいられる。
恋人のふりをしてるお陰で晴臣との距離も近く、私は一日中ドキドキなのだ。

「わんっ!」
「わ!」

駆け足で待ち合わせ場所まで行くと、飼い主より先に、子犬のハルが熱烈歓迎してくれた。
晴臣のお気に入りのペットはメスの子犬で、飼い主に似ず、とにかく人懐っこくてとても可愛い。

「ちょ、くすぐったいよ」

猫のハルと同じに、唇をぺろぺろ舐めて来る彼女は、ラブラドールレトリバーの子犬で、子犬と言いつつかなりの大きさだ。
彼女に飛び付かれた私は地面に尻餅をついてしまい、ふと見上げたら、晴臣が優しい顔で私たちを見下ろしていた。

(……え?)

なんでそんな顔……、そう思ったもつかの間、晴臣はバツが悪そうな顔をして、

「行くぞ」

私から顔を逸らすと、一言言い残して先に駆けて行く。

「待って……あ、ずるい。ハルってば」

思わず晴臣じゃなく、晴臣を追い掛ける子犬のハルを追う私。
辺りはすっかり明るくなって、爽やかな風が心地良かった。

黒のジャージ上下の晴臣に薄いピンクのジャージ上下の私。
私はハルからの熱烈歓迎に乱れた髪を手櫛で整え、改めて晴臣の後を追う。

「遅い」

文句を言いつつ一定の距離を保っている晴臣は、決して私を置いては行かない。

早朝のこの時間も、学校がある日だけの日課の一つで、私は高等部の入学式を心待ちにしていた。
学校がない時の私たちは完全な別行動で、ジョギングや武道の朝稽古でも晴臣と顔を合わせることはないからだ。

どうしよう。
胸がきゅんとする。

何故だか騒ぎ始める鼓動を抑え、一定の距離を空けつつ前を行く、優しい背中を追い掛けた。


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(C) Hugs and kisses #xoxo
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