部屋で睡眠をとり、目を覚ましたのは二時間後だった。寝入ったのが七時で、今は九時。ぴったりだ、私の体内時計ってすごい。
寝ている間、ずっと一緒にいてくれたこんのすけも私に合わせて起きて、一度政府に戻りますと言って姿を消した。
こ「今日こそはッ朝食をお召し上がりになってくださいね!今日こそはッッ!!」
と念を押してから。
そんなに食事に重要性を感じないのだけど。でも食べなかったらこんのすけが真黒さんと瑠璃様に怒られてしまうのだろう。それは嫌だ。
仕方なく、今日の朝食(コンビニのジャムパンと緑茶)を手に縁側へ。
早く畑も使えるようにしないと…。さすがに毎日持ってきてもらうのも悪いし、コンビニの菓子パンばかり食べてたら身体に悪い気がする。美味しいからそれでも良いのだけど。
『…いただきます』
もそもそとパンを咀嚼し、五十回以上ゆっくり噛んでから飲み込んでお茶を一口。だからだろうか、早々に満腹感が訪れる。
私の食事は誰よりも少なく、誰よりも遅い。養成所にいた頃は私が食べ終わるまで、瑠璃様が隣でずっと待っててくれていたのも懐かしい。
今は一人で食べているから誰かを気にすることも無くのんびりと食べた。
『…?』
足首に何か触れた?
ふわふわしたそれの正体を確かめようと縁の下を覗くと、小さくて真っ白い虎が一匹、私の手元(パン)を見上げていた。
…そういえば虎を五匹連れてる刀剣がいたっけ。薬研の弟さんで。
ザラザラの舌で足首を舐めてくるあたり、お腹空かせてるみたいだ。
『…はい、どうぞ。食べたら戻るんですよ?あなたの主人が心配しているでしょうから』
ジャムは身体に悪い気がしたから、ジャムの付いてない部分を千切ってあげた。警戒することも無く夢中で食べる虎がすごく可愛くて癒される。
残りもあげよう。
『…ごちそうさまでした』
満腹。
お腹が満たされたところで今日はどうしようかと立ち上がり、伸びを一つ。
昨日の朝の段階では、他の部屋の掃除と、畑と厩をどうにかしようと思っていたんだっけ。
でもその前に刀剣たちの様子も見ておきたいし、まずはそっちに行くとしようか。
と、立ち上がったところでこの離れにやって来る気配が一つあった。
『…?』
誰だ?薬研でも鶴丸でも三日月でもない。手入れ前に会話した一期一振様たちでもない。他の刀剣男士?手入れして調子良くなったから殺しに来たとか?
そんな物騒なことを考えている内に角を曲がって現れたその刀は、殺気立ってはいないから殺しに来たわけではないらしい。
次郎太刀様が声をかけた時に一緒に移動していった打刀。へし切長谷部様だ。
彼は私の姿を見つけるときっちり四十五度に腰を折った。
長「へし切長谷部と申します。不躾ながら、貴女にお願いがあって参りました」
『…お願い…ですか?』
私に?確か彼は、初日からずっと私に敵対意識を向けてきていた刀だ。言葉には出していなかったけれど、あの広間では誰よりも鋭い視線を送ってきた。それこそ視線で射殺せるんじゃないかというくらいの。
そんな彼が、私にお願い?
『何でしょうか?』
長「俺と手合せをしてほしいのです」
『手合せ?』
思ってもみなかった願いだった。てっきり「出てけ」って言われるものだとばかり…。
長「…貴女は先日、薬研藤四郎と共に出陣したと聞きました」
『はい。しました』
長「ならば、貴女の剣術を己の目で直接見、己の身体で体感したいと思うのです」
…彼は意味もなく勝負事を持ち掛けようとはしない性格だと思う。今現在、礼儀正しくもずっと同じ体制で話していることもそうだし、話し方や佇まいからして真面目過ぎるくらい真っ直ぐな人だというのがわかる。
手合せをすることで、彼が望むのは…。
『…わかりました』
長「ありがとうございます」
断る理由は無い。私が受ける理由はただ一つ。″へし切長谷部″を知りたいだけ。
例え彼にどんな理由があろうとも、望むことをしてあげられるならそれで良い。
私とへし切長谷部様が竹刀を取りに向かうと、虎はその場からそっと駆けていった。