悪夢とそれから



・・・がん!
どたどたどた・・・ばたん!
どさっ!・・・どかっ!がん!


「・・・うぅ〜・・・ん・・・・」


物音で目が覚める。この部屋に時計はない。もちろん腕時計や携帯電話などあるはずもないので、時間が確認できない。
伊智子はもう一度寝てやろうと寝返りを打って布団をかぶる。

とろとろとしたまどろみが、脳みそを包み込んでいくようなきがする。
もうちょっとで、また、夢の世界にいける・・・と思った、その時だった。



・・・・あぁっ、あんっ・・・・




「えっ」

思わず声をあげた。
遠いところからなんかヘンな声聞こえたぞ。
眠くなりかけていたことなど忘れ、目をかっぴろげて布団を握り直した。

なん・・・なっ・・・・え??どういうこと???そういうこと???

なんだか、親子でドラマを見ていていきなりラブシーンに突入したときの気まずさが蘇る。
なんで今この場所で女の人のエッチな声がきこえるんだ・・・・!!!



・・・あぁっ、いやぁっ・・・ああんっ・・・・



やめろーーー!!やめてぇーーーー!!!!後生だからぁ!!!
なんでこんな羞恥プレイさせられなきゃいけないんだ・・・。
伊智子は布団を頭からかぶり、ぎゅっと目を瞑った。
寝たいのに、寝たいのに、寝たいのにぃー!
なんかエッチな声が寝させてくれない!どうにかして!!


・・・もうっ許してぇっあああっ・・・キヨマサぁ!!・・・


きっ、キヨマサ!?おっ・・・お前のせいか・・・!!!
おまえのせいで1人の純粋な女の子の安眠が脅かされているんだぞ!!
いい加減にしろ!自分の行動に責任をもて!
もう・・・もう・・・・


・・・ああっあああっ・・・キヨマサぁ・・・いやっもうダメぇっ・・・あっあっ・・・



勘弁して下さい・・・。








目を覚ますと昼だった。

あれから薄い睡眠をとっては起き、とっては起きを繰り返した伊智子の目元は薄くクマになっていた。診察室の鏡を見ながら、伊智子は大きなため息をついた。

「・・・着替えて・・・出て行かなきゃ・・・」

部屋の隅に置かれた服に手を伸ばす。綺麗に修繕された服に心があたたかくなる。
ぎゅうと抱きしめてねねさん・・・と、怖い人のことを思い出す。目を閉じて呟く。


「ありがとう、このご恩は、忘れません。一生感謝します。あなたに出会えて幸福でした。」
「それならば話が早い。一刻も早く恩に報いるためにこの店で働け」

「・・・は」


いきなり知らない声がしたかと思うと、扉のところに怖い人が立っていた。
昨日の夜も会ったぞ、この人。なんかメッチャ意地悪言われた記憶しかないけれど。
相変わらず不機嫌そうだ。何故か手に扇子を持っている。神経質そうに、その扇子で手のひらをポンと叩いた。

「・・・お前」
「は、はい」
「日本語は理解できるか?」
「えっ!?あ、はい・・・一応私、日本人・・・」
「ならば早く次の行動に移れ。俺は部屋の外で待っている。支度ができたら出てこい。3分立ったら俺はもう行く。」

「えっ!?」

「俺がきてからもう2分経った。あと50秒」
「ええええ!!!」


バタン!と、乱暴に扉を閉められて呆然とした。
すると、扉の向こうからドン!!!と物音がして慌てて寝間着のボタンに手をかけた。時間切れまであと30秒弱。






「ちょっ、ちょちょっ、ま、待って下さい!!!!」
「3分経過したら行くと言ったはずだが」
「強引にも程がありますよ!!大体、状況がよく分からないのですが、説明を要求しても?」

上着の袖に腕を通し、長すぎる歩幅に必死にくらいつく伊智子に冷たい視線をよこした男性は、フンと鼻で笑う。あ、まーた笑われた・・・。

「心配せずともこれから話してやる。・・・それにしても」


きゅっ。仕立ての良いスーツによく似合った革靴を鳴らしながらこちらに向き直る男性は、じろじろと伊智子の身なりを観察し、小さなため息をつく。

「ひどい格好だな。髪の毛くらい整えられないのか」
「整える時間をくれなかったのはどっちですか!それに、手櫛だとどうしてもばさばさになっちゃうんですよ・・・」
「櫛はないのか」
「あったらとっくに使ってますよ」
「お前・・・一応女だろう」


これを使え。と、寄越してきたのは高そうな櫛だった。なんか木で出来てるっぽい、古風なやつだ。椿油が染みてそうなやつ。


「早く返せ」
「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さいよ・・・」

急かされながら、慌てて絡まった髪の毛をほぐしていくのであった。
…なんか、ちょっと前まで雨水をシャワー代わりにしていた私にはちょっと高級すぎるよね…家出る前も百円の壊れたコーム使ってたし。

鏡がないので確認できないが、寝癖は落ち着いただろうなというところで櫛を奪われた。
「あっ」
「…貸せ。何故一番ひどいところに気づかんのだ」

言うや否や、男性は伊智子の頭を片手で固定しながら、後頭部のあたりを素早くとかし始めた。
何回か櫛が途中で止まっているのは、絡まっている証拠だろう。
そんなにひどい寝癖だったのか…、と、伊智子は今更恥ずかしくなって目線を泳がした。



「…もうこれ以上はどうにもならん。ずいぶんひねくれた毛のようだな」
「お手入れして頂いてありがたいんですけど、それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ。変に斜にかまえて受け取る必要はない」

男性は櫛を懐に仕舞い、フンと鼻を鳴らして再び先に行ってしまった。
カツカツと革靴を鳴らして歩くその後ろ姿が、あまりにも絵になるものだから、しばらく見入っていると「おい!」と怒鳴られたので、慌てて追いかけるのだった。
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