美少年と味見




…。

……。


……伊智子。


伊智子。



起きなさい、伊智子……




優しい声とともに体が揺すられる。


「んあ……」

「やっと起きましたね」


そういえば私、寝てたんだった。
頭がぼーっとしているまま目を開けると、視界いっぱいに絶世の美少年が飛び込んできた。


「はっ……蘭丸ぴゃん。おちゅかれしゅまでふ…」

「…あなた、よだれたれてますよ…」

「えっマジですか!?」


よく見れば美少年もとい蘭丸はあきれ顔。口の端にたれたよだれを指摘され、一瞬で眠気が覚めた。

とりあえず起きよう。
そう思って体をおこそうとしたら勢いよくつんのめる。危うく蘭丸さんに倒れこむところだった。

「うわっ」
「ちょっと伊智子。大丈夫ですか?」
「はい、私は大丈夫…ってうわ関興さん!」

「んん〜…うるさい…」


さきほどつんのめった原因はこれか。
伊智子の服の裾を、床に寝そべる関興がしっかり握っていた。
どうやら伊智子が寝てる間に、ここに合流できたみたいだ。
気持ち良さそうに寝ていた関興はゆっくりと目を開ける。まだ眠いのか部屋の照明がまぶしいのか眉間にしわがよっていた。


「あ…伊智子…おはよう…」

「お、おはようございます…」
「…おやすみ…」
「え、待って…寝ないで関興さん……」

どうやらまだ眠たいらしい。
再びすやすやと寝てしまった関興に裾を掴まれたままで身動きがとれなくて困っていると、隣から声がした。


「あ、伊智子起きた?よく寝たなー、さすが10代」
「…もう良いのか?まだ時間に余裕はあるが」

朱然と景勝だ。二人とも伊智子より早く起きていたのか、朱然はスマホをいじっているし、景勝は文庫本を読んでリラックスしているようだった。

「おはようございます…もう眠くはないんですけど、関興さんが離してくれないです」

「関興?全くしょうがねー奴だな」
「一度掴まれると長いぞ」
「えええ……」

関興はもしかして赤ちゃんかなにかなのか?
途方に暮れていると何かを片手に持った張苞がこちらへ歩いてきている。


「関興ー、伊智子が困ってんだろ」


手にしているものは小皿に乗った料理だった。

ラインナップ的に、今日のメニューだろうか。そちらを関興の鼻先へ持っていく。
すると、しっかり閉じられていた瞳がぱちりと開き、心なしからんらんと輝いているような気もする。

「…ごはんの時間だ」
「まだ時間じゃねえけど味見させてやるから伊智子の服離せ」
「あ…ごめん」

「いえ、大丈夫です」

パッと離された手にほっとする。


「ほら、関興味見」
「んー…」


張苞が差し出した料理を食べようと、もそもそと起き上がる関興。
思わずその光景をジッと見つめていると、その視線に気付いた張苞が笑った。

「お前らも食べるか?」
「! いいんですか?」

「全員集まるにはもう少し時間かかるし、ちょっとくらいいいだろ。蘭丸も食えるだろ?ちょっと待ってな」

そう言うと張苞は持っていた皿を関興に押しつけ、台所に向かって行った。

「蘭丸さん、おなかへってる?食べられる?」

時計を見ると午後10時ちょっと前だ。
蘭丸はいつもどうり、9時前に退勤してこちらまでやってきたらしい。
いつも夕食をしっかり食べているから、この時間はまだお腹がふくれているかもしれない。

「……蘭は今日夕食の量を少し少なめにしてきたので、大丈夫ですよ。むしろ少し空腹なくらいです」
「そうなんだ!張苞さんの作るご飯、すごく美味しいらしいですよ。楽しみですね。あ、隣同士で食べよ!ね!」

「…はい、ぜひそうしましょう」

伊智子がニコニコしながら言えば、蘭丸は少しくすぐったそうに笑った。
そこへ、ホカホカと湯気のたつものを持って張苞がやってくる。

「ほら、仲良しコンビ。おまたせ」
「わあ、ありがとうございます…わあー、からあげだ!」
「まだまだ揚げるからな。揚げたてだから火傷しないように気をつけろよー」

張苞が小さな皿に盛って来てくれたのは揚げたてのから揚げで、しかもタルタルソース付だ。
気の利くことにつまようじを刺してくれていて、伊智子と蘭丸はふうふうしながらから揚げを頬張った。

柔らかいお肉を噛み締めるとじゅわっと広がる肉汁の甘さ、そしてタルタルソースが程よく混ざり合って最高に美味しい。
こういうのの味見ってどうしてこんなに美味しく感じるんだろう。あーご飯が食べたいよー。

「タルタルソースも手作りでしょうか?熱々でとても美味しいです」
「うんうん、とっても美味しい!ねねさんのお料理と同じくらい美味しいです」

「嬉しい言葉をありがとよ。ねねさんの料理には適わないけどな。よし、それ喰ってもうちょっと待ってろよ。まだ作るモンあるから」
「ありがとうございます!これ食べたら洗い物だけでも手伝います」
「蘭もお手伝い致します」
「はは、ありがとな」

張苞は満足そうに笑って台所へ戻っていった。

「……」
「……」

しかし、作業に戻った張苞の背中を納得がいかない様子で見つめる二人組があった。

朱然と景勝である。

一部始終をすぐ隣で見ていた二人は、てっきり自分達の分もあると思っていただけに不満顔だ。

「……オイ張苞、俺達の分はないのかよ?」
「そういえば腹が減ったな」
「おい、俺のことを放って寝こけてたくせによく言うぜ!そんなにほしかったら取りに来いよ」

キッチンのほうから叫ぶ張苞に、やったーと喜んで駆け寄る朱然。その後ろをわくわくした顔で歩いてゆく景勝。


もうすぐみんながやってくる。
そしたら飲み会のはじまりだ。
楽しみにわくわくしているとふと蘭丸と目があい、にこっと笑って

「美味しいですね」

と言ったら

「ええ、本当に」

と蘭丸も笑ってくれた。



はやくみんな来ないかなー。

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