小さい頃から少女漫画が好きだった。特に恋愛ものには目がなく、その内容で養われてきた私の男性の理想像は回りの男の子なんかじゃとても務まらない位に成長してしまっていた。
でも、ついに‼ついに見つけてしまったのだ。私の理想にピッタリ当てはまる人を。
「たっかすぎくーん‼」
私に彼からの冷たい目線が向けられる。
「うぜぇ」
慣れてます。この顔、この態度。
彼は机の上に足を置き、男子数人とスマホゲームをしていた。私の理想に高杉君はぴったりだったのだ。さらさらストレート、超イケメン、少し不良、そしてS。強いて弱点を上げるなら、もう少し身長が欲しいところかな。しかし、それをカバー出来る程に他がパーフェクトなのだから、その位は目を瞑ろう。
「高杉ー、相手してやれよ」
高杉君の友達が助け舟を出す。毎日毎日隣のクラスの高杉君に会いにくる事を日課にしている私に、彼の友人達は同情してくれるまでになったのだ。
「はいはい。で?用はなんだよ」
彼はスマホの画面から目線を外さない。
「大好きです‼私を彼女にして下さいっ‼」
周りを気にせず、大声で用件を言う。恋は盲目とは本当にうまく言ったものだ。冷たい女子からの目線も盲目状態の私にはまったくのダメージ0だ。
すると、高杉君の顔が私に向いた。あー、この切れ長のお目々、たまりません‼さぁ、返事を下さいっ‼
「…死ねや」
その三文字の返事と同時にチャイムが鳴り、強制的に離れ離れにされました。
今日も撃沈です。
とある日の国語の授業中、カチカチと鳴らしても芯がでてこなくなった私のシャーペン。私は国語から生物の授業へと勝手にチェンジして、シャーペンの解剖をする事にした。
あれ?確かこの部品はここだったよね?
カチカチどころか、シャーペンは見るも無残な姿へと変貌してしまった。いつの間にか授業は終わっていて、休み時間に投入していた。ヤバい、今日に限ってシャーペン1本しか持って来てない。次の授業が始まるまでに直さないと。
「何やってんだよ、ストーカー」
不意に背後から掛けられた声に振り向く。高杉君が後ろから覗き込む様に私の手元を見ていた。
「あ‼高杉君‼今日もかっこいいですね‼」
「んな事聞いてねーよ。なんだ、そのシャーペン」
顎で、シャーペンを指す。私は部品を両手でかき集め、そのまま覆った。
「あはは…ちょっと壊れちゃったみたいで。直そうと思ってたのにこうなっちゃった」
呆れた顔をする高杉君。そう、何を隠そう私は機械オンチなのだ。因みに私のなかではシャーペンも機械だ。
「何したらこーなんだ」
ごもっともです。私も何したかよく分かりません。照れ隠しで頭を掻く私。すると彼が「どけ」と言って、椅子を譲れと手で合図した。
「えっ…あ、はいっ‼」
え?もしかして私のシャーペンを直してくれるのっ⁉あたふたしながら見ていると高杉君はものの1分で元の形に戻してくれた。しかも、カチカチ直ってる!
「ほらよ」
私は渡されたそのシャーペンをそっと受け取った。なんという出来事だ‼あれ、そういえば今日の星座占いは1位だったわ。
「あ、ありがとう高杉君っ‼私今日このシャーペンと寝るねっ‼」
「やめろ、気持ち悪りぃ」
そう言って高杉君は私のクラスの男子に用があったのだろう、何か話をして自分のクラスへと帰って行った。
「恋する〜フォーチュンクッキーィ〜」
スキップをしながら友達と次の授業がある教室へと向かう。「良かったじゃん」と一部始終見ていた友達が言う。「シャーペンも直せるなんてかっこ良すぎだよ」と言ったら、「直せないのあんたくらいじゃね?」と言われた。機械オンチで良かった。
「あ、トイレ行きたい。ごめん、先行ってて」
友達はそう言うと、方向を変えて歩き出した。良い席取られちゃうから先に行って場所取っててあげよう。と思っていた時だった。
「ねぇ」
「ん?」
声をした方を振り向くと、3人の女子が立っていた。あ、確か高杉君と同じクラスの子達だ。今まで一度も話した事ないのに何だろう?
「あの、何ですか?」
3人は横一列に並び、無表情で私を見る。
「あんた最近晋助に付きまとってるけど、何なワケ?」
なんだろう?怒ってるのかな?高杉君の何と聞かれても…
「わ、私は高杉君の彼女になる女です‼」
右手を挙げ答えた。だってそれしか目指してないもん。3人組は少し呆れた顔をしている。
「ねぇ、こいつどっかの海賊王みたいな事言ってっけど」
「こいつちょっと痛い系じゃね?」
3人で何をコソコソ話しているのだろう。ところどころ会話が聞こえる。
「つーか、あんた。私が誰か知ってんの?」
え、誰と聞かれても高杉君のクラスメイトくらいしか…あれ、待って。この3人が付けている制服のリボンの色は⁉
うちの学校にはリボンの色が5色もある。赤、ピンク、緑、青、黄色。好きな色を付けていいのだが、3人は赤・青・黄色を付けていた。なんか信号機みたい…
いや、違う‼この色はっ⁉
「三大将⁉」
「いや、もうそこから離れてくんないっ⁉」
「ONE ピー,Eはお嫌いですか?」
「や、好きだけども‼そしてそのピー≠烽ワったく意味ないからね‼隠しきれてないからね‼」
あ、ONEピー,E読んでるな?この子とはマンガ友達として仲良くなれそうだ。
「つーか、あんた話聞いてた?」
赤犬が会話に入ってくる。腕を組んで不機嫌そう。
「あ、えっと…何…「彼女なの、私」」
え?彼女?
「晋助の彼女なの。あんたが毎日会いにくるの晋助迷惑だって。私も迷惑」
…高杉君、いつの間にか彼女出来たんだ。前聞いた時は居ないって言ってたのに。迷惑って…そういえば今までウザいとか死ねとか言われても、迷惑とか来るなとか言われなかった。私、勝手に自分の良い様に捉えてたんだ。そう思うと、それ以上何も言えなかった。
「じゃ。そーゆー事だから」
クスクスと笑いながら3人は消えて行った。なんか私、高杉君に悪い事しちゃったな。知らなかったとはいえ、彼女出来たのにあんなにつきまとって…
もう、やめなきゃ。
その日はいつもの日課のクラス訪問をしなかった。
あー、高杉君に会いたいよ。
違う、違う‼彼女居るんだった。諦めなきゃいけないんだ。急な展開で恋が終わってしまった私。失恋ってこんな感じなのか。このそわそわした、不安になる様な気持ち。でんちゃんに話聞いてもらおう。癒してもらおう‼
学校が終わり、家とは違う道へ進む。
でんちゃんとは私と友達が偶然見つけたペットショップにいるパグの事だ。目ん玉がでーん≠ニ、飛び出しているからでんちゃん。私が勝手に名付けてそう呼んでいる。
そこの角を曲がって、しばらく進むとでんちゃんが待っている。
ふと、交差点の向こう側に一人で歩いている高杉君を見つけた。
「あ‼高杉くっ…」
おっと、いけない、いけない‼いつもの癖でついうっかり名前を叫んでしまった。近くにあった自販機の裏に隠れる。10秒程してからそっと確認すると私の存在には気付いていない様だった。
「良かった…」
高杉君の家、この辺なのかな?
ある程度の距離を確保しつつ、高杉君の後をつけた。
途中で結局これって、諦めてないじゃない。そう気付いて後をつけるのをやめようとした時、衝撃的なものを見た。
帰宅途中であろう、高杉君を追いかける様に綺麗なOL風の女の人が彼の肩を叩く。知っている人だろうか。二人は笑いながら、しばらく歩き、なんと同じ家に入っていった。
赤犬じゃない人だ。
その光景を見た私の頬にはすっと、涙が走っていた。赤犬に彼女と言われた時とは気持ちが違う。まさに彼が今、別の女の人と居るという事実は恋愛初心者の私にはとても受け止められない痛みだ。
何が占い1位だ。嘘つき。嘘つき。嘘つき。
ダブルパンチじゃないか。
その後更に私に悲報が届いた。
「あ、こんにちはー。あ‼そういえばあのパグちゃん、ご縁があって今日の午前中に新しいご家族の所に引っ越したんですよー」
トリプルパンチだった。
突然のでんちゃんとの別れ。さよならも言えなかった。
あのトリプルパンチを食らった日から1週間経った。もちろん高杉君のクラスにも行ってない。私はあれから無意識に彼を避けていた。時々誰かからの視線を感じる。きっとあの三大将が私を監視してるんだ。でも大丈夫ですよ、私は人が嫌がる様な事はしない。ましてや好きな人には尚更。この失恋の悲しみは時間が解決、もしくは高杉君以上の人が現れるのを待つしかないとマンガから教わった。もし、後者なのなら彼以上の人が現れるのかな。
「おい、落としたぞ」
そう後ろから言われ振り向くと私がずっと探していた理想通りの男の子がいて、いつ落としたのか分からなかった私のハンドタオルを彼は差し出していた。
あの時から私の生活は変わったんだ。その出来事を思いだすと、私の顔が自然と笑顔になった。でももう、それも許されないんだ。
「はい、体育館行くよー」
友達の声が聞こえる。あ、そっか。今日は朝から全校集会だった。
この体育館にこの人数は蒸し蒸しする。立ったまま校長先生の話が始まった。どこの学校もそうだ。校長先生の話は長い。座らせてくれないかなー。そう思いながら、目線を体育館のいたるところに向ける。
あ、高杉君だ。縦一列、隣のクラスの前の方に立っている。ハゲている校長の事を言っているのだろう。後ろにいる友達と小さい声で笑いながら話している。目が細くなるあの笑い方が私は好きだ。こっちに気づいてくれないだろうか。そんな小さな期待をしてみた。
…なんか気持ち悪い。そう言えば少し前から冷や汗をかいてきている。きっと貧血だ。朝ごはんも食欲無くて食べて来なかったし…早く終わらないかな…
そう思った最中、ぐるりと視界が回転した。
目眩がした瞬間、膝が折れ体全体で衝撃を受けた。
ふらつきに耐える事が出来ずに私は倒れてしまった。目を開ける気力がない。周りがザワザワしているのを耳だけで感じとる。友達が私の名前を必死に呼んでいる。
私の方へ足音が近づいてきた。きっと先生だ。
「 …なんで」
何か話し声が聞こえた後に先生は私を抱きかかえた。あぁ、初めてのお姫様だっこをこんな形で迎えるだなんて。なんか全然ロマンチックじゃない。
きっと今体育館から出たのだろう。瞼のなかが急に明るくなった。まだ冷や汗が出て体が熱い。涼しいところに行きたい。目を開けれないまま「すいません…私を涼しいところに…」とお願いをした。
「涼しいとこってどこだよ」
え⁉慌てて目を開けると、そこには会いたくてしかたなかった高杉君の顔がそこにはあった。
「うえ⁉高杉君‼ちょっ…‼」
「ばかっ‼暴れんじゃねぇよ‼大人しくしてろ」
私が急に上半身を起こした事で、高杉君はバランスを崩しそうになったらしい。なんで…どうして高杉君が⁉
「顔真っ青じゃねぇか。ひとまず保健室に連れて行くぞ。しばらく黙っとけ」
そう言って高杉君は真っ直ぐ前を見て、保健室のある方へと歩き出した。高杉君の胸に頭を預ける。あぁ、見ただけじゃ分からないや。私を抱きかかえるその体は程よく筋肉があって、やっぱり男の人なんだって実感した。
保健室まで来ると両手が塞がっている彼は行儀悪く足で扉を開けた。
「誰もいねーし」
居ないと言えば当たり前だ。今は全校集会中なのだから。入り口で一旦立ち止まった彼はベッドへと歩き、そっと私を白いシーツの上に下ろした。
「デブ」
そんなに重くはない方だと思ってたのに高杉君にとっては重かったのだろうか。少しキュンとする状況での第一声がこれだ。
「ごめんなさ…や、そんな事より何で高杉君が…」
近くにあった背もたれのないパイプ椅子に足を組んで彼は座った。
「あ?お前が倒れたからだろーが」
「じゃなくて‼こんな事したら彼女に悪いよ」
眉間にシワが寄っている。何か悪い事でも言ったかな?
「彼女?誰の事言ってんだよ」
「…え?いや、赤犬が彼女だって…」
確かに赤犬はそういった。証拠は無いが、私を騙して何かメリットがあるようにも思えない。
「赤犬って何だよ。そもそも俺の彼女になりたかったのはお前じゃねぇのかよ」
いや、そうなんだけど。え?彼女じゃないの?
「あ、でも…高杉君綺麗な年上の人と、あの、同じ家に入っていったよね」
赤犬が彼女じゃないのなら、あの綺麗な人は誰なのだろうか。あの人こそ彼女なのかもしれない。
「は?何それ…髪の長い女か?」
「う、うん…」
「いつ見たんだよ。お前本当ストーカーだな、気持ち悪」
急に高杉君はケラケラと笑い出した。笑いすぎて少し涙が出たらしい。
「それ姉貴」
え?おねぇちゃん?
言われてみれば顔が少し似ていた様な。
「信じらんねぇって顔してんな。んなら今度紹介してやる」
さっきから高杉君は何を言ってるんだろう。彼女になりたいのはお前だろ≠ニか姉貴を紹介してやる≠ニか。これじゃまるで…
「まんまとハマったわ」
全校集会の終わりを知らせるチャイムが鳴る。「そろそろ先生来るだろ」高杉君は立ち上がり私に背中を見せた。
「た、高杉君っ‼私…そんな事言われたら自惚れちゃうよ」
背中を見せたまま、高杉君は横顔だけを私に見せこう言った。
「好きにすれば?」
そう言った彼と入れ替わる様に、保健室の先生が入ってきた。
「ごめんねー、大丈夫だった?あのあともう一人倒れちゃって。あなたの事は彼氏君が運んでくれたから甘えちゃった」
言葉遣いも態度も優しい女の先生
「あ、彼氏じゃないです」
「え?違うの?あら、それよりちょっと熱が」
あんなやりとりをしたからなのか。私の体温は平均より上がっていたらしい。「帰ってもいいんじゃない?」帰宅命令を出された。そうしよう、うん。今日の私はまともに授業の中身なんて頭の中に入ってこないだろう。本日の宿題はあの時、好きにすれば?と言った高杉君の口元が笑っていたのはなぜか≠フ意味を解かねばならないから。
そしてその宿題を解いた結果。
私は高杉君を好きでいても良い≠ニ言う答えと高杉君に明日会いに行く≠ニ言う追加の補習が出た。
「今日の1位はあなた‼
待ち望んでいた日を迎えられる日。自分の好きな様に行動してみて。ラッキーポイントは隣の部屋≠ナす。」
今日の私は一つもパンチを食らわない自信がある。占い師も今日は私の事を予言してくれている気がする。
そっと、隣の教室を確認する。
相変わらずいつものメンバーでスマホゲームをしている高杉君が居た。
「おい、高杉」
私の存在にいち早く気付いた友達は、私が来た事を高杉君に知らせてくれた。
「あの…高杉君‼」
「なんだよ」
やっぱりスマホから視線を外さない。
「すっごく大好きです‼私を彼女にして下さい‼」
スカートを握り締め、恐る恐る待った私に向けられた彼の表情は目を細める私の好きな笑い方だった。
今日は死ね≠竍うざい≠カゃない、何か特別な返事が貰えそうな気がした。
後日談。
友達に見事、ストーカーからランクを昇格した事を伝えた。
「は?今頃何言ってんの?あんたが高杉くんの彼女だって皆知ってるよ」
何でだ?私は親友である彼女に一番最初に聞いて欲しくて、誰にもまだ言ってないのだが。
「あん時、体育館で高杉君言ってたじゃん」
よくよく聞くと、私が倒れたあの日。
床にダウンしていた私を体育の男の先生が抱きかかえようとした時、高杉君が来て、その先生を止めたらしい。
「俺が運びます。こいつ、俺の彼女なんで」
って、言っていたんだって。
やっぱり私の失恋の痛みを忘れさせてくれたのは後者だった様で、私の思っていた高杉君よりも遥かに想像を超える高杉君の発言によって、失恋の痛みは消え去った。
topへ
ALICE+