二つだけ。 摘んできた。 真っ白なカモミールを。 二つの花 とくりと感じた久しぶりの感覚。 私は目を瞑って一輪の花を脳裏に描いた。 真っ白なカモミールのようにやさしく、やわらかな花を。 「(……)」 「ここにいて、いいよ」 真っ白な靄が広がるつくりかけの大橋。 そこに見えたのは、たくさんの黒色だった。 ひとが、たくさん、海に落ちていく。 ぼちゃり、ぼちゃりとまたひとつ、ふたつ。 水飛沫を上げながら、ただ落ちていった。 大量の影たちがぼふんぼふんと煙に変わり、残った橋上の影たちが橋の縁に寄る。 刹那、沸き上がった大歓声は靄の中でも大きく轟いた。 私は、横たわる二つの影の傍に降り立った。 「…再不斬、さ…ん」 「…お前……は」 大きな剣を背負っていた背中に、多くの剣を突き立てた再不斬さん。 私は彼を見遣りながら、ポツリと名前を呼んだ。 昨日とは随分と変わったお姿ですね、って思ったらなんとなく伝わったみたい。 彼の眉尻が少し動いていた。 けれど、そんなに再不斬さんとは長く話をしていられなさそう。 私は、感じた正面からの気配に、スッと顔を向けた。 靄が掛かって見えない。 「…っ何者だ」 私は、近づいた気配に静止のねんりきを掛けようとした。 けれど、ミュウツーさんがいつの間にか、私より先にそいつにサイコキネシスを掛けていた。 動かなくなった身体に驚いているのか、その人は驚きの声を上げていた。 すると、その人間の雰囲気に先ほどまで賑わっていた人間たちもこちらの様子に気づいたらしい。 上げていた歓声を止めると、一気に戦闘態勢を整えていた。 刹那、聞こえてくる猛攻のような声。 私はその声の先を一瞥すると、ミュウツーさんに視線を促した。 私はそんなことをしに来たんじゃない。 ミュウツーさんがもう片方の手で、その場に居た人間たちすべてにサイコキネシスを掛けると、面白いほどに人間たちは慄きの声を上げた。 私はそんな様子を気にせずに、ハクさんの横たわる場所まで歩いていく。 「…っ待て。コイツらに何をするつもりだ」 「……」 通り過ぎ様に掛けられた声は苦しそう。 ミュウツーさんの手加減は、普通の手加減より手加減になっていないからだろう。 私は、その人に一瞥もくれないで、ただハクさんに歩み寄っていった。 「…ハク、さん?」 横たわるハクさんはとても静かだ。 真っ白で、とてもつめたい。 昨日のあたたかさが、まるで、どこにもなかった。 「おい!何すんだってばよ!!やめろ!そいつに手ェ出すな!!」 「ナルト!」 「うるせー!!おい!テメエ!そいつに何かしやがったらただじゃ済まさねーからな!!」 「…?(ナルト?)」 私は聞こえた声と、聞き覚えのある名前にそろりと前方に顔を向けた。 けれど、視界は未だ靄っていて、はっきりとした輪郭を認識できない。 でもそんなことどうでもいい、か。 今はそんなことに構っている場合じゃないから。 私は叫ぶ声を背中に感じながらハクさんをそっと持ち上げると、再不斬さんの待つ場所へと戻って行った。 「ミュウツーさん…」 「(……)」 私の小さな呟きにコクリと頷くミュウツーさん。 私たちの頭上を駆けていたスイクンさんが、背後で未だに騒いでいる人たちに向けてささやかな吹雪を贈っていた。 これで、視界は完ぺきに見えないだろう。 ただひとり、近くに佇む先ほどの男を除いて。 「…っそいつらのこと、どうするつもりだ」 「…」 「…そいつらはもう十分に苦しんだ。これ以上なにかするってんなら……」 「蒼い光…」 「…なに?」 再不斬さんの横にハクさんをそっと横たえる。 再不斬さんの呼吸は今にも途切れそうだ。 私はミュウツーさんとスイクンさんに二人を運ぶように頼むと、テレポートで消えた二人の姿をじっとその場で見送った。 そして、私は、消えたミュウツーさんの力で押さえられていた男が動き出したのを目の端で確認すると、その男から投げられた言葉にゆっくりと言葉を返した。 橋の向こう側からも、動き出した人間たちがこちらに向かってくる音が聞こえる。 「蒼い光を、知ってる?」 「……話を逸らそうってか?」 「…蒼い光、ハクさんをころした」 「…っ!!」 「だから、蒼い光、知ってる?」 「……」 靄の晴れてきた世界は、眼前に立っていた男の姿をゆっくりと映し出す。 私は、ソレに目を細めてその男を指差すと、たった一言投げかけた。 ただ一言… 「お前が、殺したんだ」と、靄掛かった男に告げた。 (再不斬さん、ハクさん。花はふたつ並べておくから) (いつまでもあたたかい二人でいて) (花に埋もれて眠る二人は、とてもきれいだった)