What I want to forget

第4話には、ストーリー進行上必要な為、ほんの少しの血表現と微々たるものではありますがセクハラ行為が入ります。年齢制限に値するほどのものではないと思いますが、苦手な方は念頭に置いてお読みください。





クローディアは、ただただ怯えながら宿舎の中を歩いていた。二階への階段をのぼり、明らかに雰囲気の違う扉の前まで連れてこられた。案内していた騎士団の男がノックをする。

「入れ」

クローディアはマルチェロの低く、感情のこもってない許しの言葉を聞き、入室した。

執務室らしいこの部屋は殺風景で、大きなデスクが中央奥にあり、部屋の主たるマルチェロが椅子に腰をかけている。左手には本棚が並び、分厚い本がぎっしりと埋められており、反対の右手にはついたてが設置されていた。マルチェロのプライベートスペースだろうことが予想できた。

さて、この部屋の主はデスクに肘をつき手を組んで入室してきた女をみていた。その目は猛禽類のように鋭く、今にも射殺しそうなほどだった。

クローディアは怖じ気づきながらも、失礼に当たらないよう背筋を正し、口を引き結び目線をそらさないよう努めた。

そうして、にらみ合いが暫く続いた。

やっと言葉を発したのは男の方だった。

「久しぶりだな、クローディア」

何の感情もこもっていない、ただの礼儀としての挨拶のように彼は言った。

クローディアは一瞬顔を歪めたが、すぐに無表情にした。

「ええ、本当に。……お久しぶりです、マルチェロ様。………………いや、……今は聖堂騎士団長殿とお呼びした方がいいでしょうか?」

懐かしむように目を細めた彼女だが、閉じて暫くしたあとは、元に戻っていた。

マルチェロはスッと立ち上がると、机の脇を通り、彼女の元へと近付いた。それはもう手の触れられるようなところまで。

「いや、昔と同じで構わんよ。何せ、あなたには世話になったからね、……二十年以上も前にな」

最後の一言に、クローディアは苦虫を噛み潰したかのように、顔をこれ以上ないほどに歪めてうつむいた。それを見て、マルチェロは片方の口の端を上げた。良い獲物を見つけたとばかりに、彼は追い討ちをかける。

「そう、二十年以上も前、だ。私はまだ幼い子供だった。クローディア、貴女は大人の女性だった」

「……っ、それ以上は!」

彼女は顔を上げる。その表情は、怒りにも悲しみにもとれた。これ以上は言うな、という懇願のものにもみえた。

「今と変わらない、ね」

言い終わると同時に、クローディアはその場に崩れ落ちた。そのまま彼女は動かなかった。

マルチェロは、してやったと言わんはがりにニヤリと笑う。そうして、己自身も膝をつき、彼女の顎に手をあてがい、目線を合わせる。

「……あなたに会わなければ良かった」

蚊の鳴くような声で呟くクローディア。マルチェロはそれをいとおしそうに見ていた。

「二十年経っても、貴女は何も変わらない……。この肌も、髪も、瞳もあのときのまま。まるであなただけ、時が止まったように!」

彼の左手で彼女の顎を支えたまま、右手で己が示す顔のパーツをゆっくりと愛でるように撫でる。 クローディアは、男に触れられるという激しい羞恥に襲われながらも、その場に縫い付けられたように動くことができなかった。

「うっ、マル、チェロ様……。もう、お離しください……」

クローディアは、頬を紅に染めながら彼に頼み込んだ。だが、それでもマルチェロは、彼女の肌から手を離さなかった。このまま、時が止まって謎に包まれた目の前の女を、自身の手で暴いてやりたい気持ちになったのだ。

「クローディア……、貴女は何者だ?」

マルチェロは、自身の知らない未知のものに包まれた彼女を調べ尽くしたい衝動に襲われた。彼が知ってるのは、彼女が相当の魔法の手練れであること、旅をしていること、自分より年上だということ、の三点である。だが、今ではどちらが年上かなどと聞かれれば、大してかわりはないと答えるのが良いだろう。

「答えろ、クローディアッ!」

彼はたまらず怒鳴った。そうして状況が一変すれば良かっただろうに、目の前の彼女は口を割らなかった。

「…………お答えできません」

「ほう、それ相応の事情があるとでも?私はただ、どんな魔法を使ってるのか知りたいだけだ。本当に不老不死の魔法だとすれば、貴女は偉大な魔法使いとして世に名を馳せるだろうに」

マルチェロの言うことは一面良いことのように聞こえるが、逆に恐ろしいものとなる。この世の諸行無常という理がなくなってしまう。



それに、クローディアの容姿が変わらないのには、深い訳があった。それは彼女自身の生きる意味にもなっている。目的が果たされれば、いつ死のうとも構わない程に重要なもの。逆に言えば、目的が果たされるまでは死ねないのだ。

彼女の目的、それはクロゼルクを討ち果たすこと。ただ、それだけのために彼女は生き続けてきた。だが、そのことを周りに言いふらすことはしなかった。年を取らない、見た目が変わらないということは、周囲に良くも悪くも影響を与える。彼女は、他人との接触を避けて生きる必要があった。

だが、そんな彼女はある人物と深い関わりを持ってしまった。

今目の前にいる男、マルチェロである。

今から二十年以上も前のことだ、彼と出会ったのは。

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