What I want to forget W

マルチェロは、クローディアと見つめあったまま口を開く。

「あの日、貴女は忌々しい男に襲われていた」

クローディアはそれを思い出し、顔を歪めた。

「……それが何だと?」

存外低く小さな声が出た。彼女はそれに内心驚きつつも平静を装った。

「本当に貴女が、クローディアが誘ったのか……?」

マルチェロは急に声色を変えてたずねた。昔の出会ったときのように、優しげな声で。

「…………違う、私は何もしてない。あの日は、マルチェロ様のことで話があると呼ばれて……。そうしたら……」

つい、その声につられるように、昔のように敬語を使わず話していた。マルチェロはそうか、と一言呟いてクローディアから離れた。

「…………いや、済まなかった。この私が感情に身を任せてしまうとは……、騎士団長失格だな……」

自嘲気味にマルチェロは言った。クローディアは、おそるおそる立ち上がる。マルチェロは、椅子に腰かけると問いかけた。

「だがしかし、貴女は何者なのだ。二十年前と何一つ変わらないその容姿。まさか幻惑の魔法、マヌーサだとでも?」

クローディアは暫しの沈黙の後、正直に答えた。

「いいえ、…………………古代の術を使ってます。ですが、方法は言えません。それに、術に必要なものもこの世にもう存在しないでしょう」

解答を得られたことにマルチェロは少し気分を良くした。彼女の秘密を知れたことに、優越感を得たのだ。

「……古代の、ね。…………今は貴女に会えたことを神に感謝することにしよう。貴女が居なくなってから、私は何も手につかなくなっていた。この修道院に来るまでは、ね」

その言葉にクローディアは目を見開く。

思い出せばあの日の夜、マルチェロが会いに来たときクローディアは冷たくはね除けた。もしかして、それが原因なのだろうか、と思って口を開きかけた。あの後、子供にあのような態度をとったのは悪かったと少し後悔していたのだ。

「……いや、これ以上話すのはやめておこう。収拾がつかなくなってしまう」

話そうとした前にマルチェロが制止をかけた。それならば、私は何のためにここへ来たのかと、クローディアは首をかしげた。

「……それでは、私を何のためにここへ……?」

「それは……」

マルチェロは黙ってしまった。何かを思案するように手を組み、こちらをじっと見ている。彼が何を考えているのか全くわからなかった。

マルチェロはというと、彼女を見つけたとき咄嗟に連れてくるよう命じてしまったので、特に何をということを考えていなかった。部屋に来てからも、二十年前と何一つ姿が変わらない彼女に、つい異端者を拷問するかのような真似をしてしまった。我ながら何をしているのだと、そう思って心を落ち着けようとした。

そのときだった。団長室の戸がノックされたのは。

「マルチェロ様!少々御報告がございます」

慌てた様子で騎士が入り込んできた。

「今は取り込み中だ、後にしろ」

マルチェロはそれを冷淡に扱う。それでも騎士は下がらなかった。

「しかし……、ククールがまた酒場で騒ぎを起こしたみたいで……」

ククールという語を聞いた瞬間、マルチェロの目付きが鋭くなったのを、クローディアは見逃さなかった。まるでこの世が憎悪で包まれたかのように恐ろしいものへと変貌したのだ。ゾクリと悪寒が背筋を走ったのがわかった。もう昔の心優しい無垢な少年ではないのだと、先程の行動と今の表情から、クローディアは理解した。

「またアイツか……、忌々しい男だ。仕方ない、クローディアよ、また機会があれば話そうではないか……大方ドニの町で宿をとるのだろう?先程の旅人と共に旅をしているようだし、何か理由をつけてまたここへ来てもらおうじゃないか。そうだな……、確か明日の夕方なら空いてるからな、できればお一人で来てもらいたい」

無表情で彼はつらつらと言葉を並べた。断る理由も見つからず、クローディアは頷いた。

「それでは、お前はこのレディを修道院入り口まで送り届けろ。私は奴を尋問してくる。それではクローディア、約束を忘れぬようにな」

そう言うと、マルチェロは背を向けてすたすたと階下に向かってしまった。クローディアは訳がわからないものの、彼と約束したことだけはしっかりと頭に焼き付けた。



そうして、マイエラ修道院を出てドニの方へ歩いて向かおうとしたとき。

「あ、クローディア!」

エイトたちがこちらへと向かってきていた。

「あの二階からイヤミと何話してたの?何もされてないわよね!?」

ゼシカが凄い勢いでクローディアの肩をつかんで揺らしてきた。

「うわっと!特っに、な、にも……」

体を揺らされるその動きに、舌を噛まないようにつっかえながら答える。

「へ?」

クローディアの何もない、という返答にゼシカは目を丸くした。

「ですから、何もありませんよ。昔話を少ししただけです」

「あの目付きの悪い兄ちゃんが……でがすか?」

ヤンガスが信じられないとでもいうかのように、瞬きを繰り返す。

「……クローディア、まさかとは思うけど、昔の知り合いって……あの人、……なの?」

エイトはおそるおそるとたずねた。

「ええ、彼のことです。会うとは思ってもいませんでした」

それが何か?と、クローディアは言う。エイトたちは、その場に立ち尽くしてしまった。瞬きをするのが限度だとでもいうように、それ以外ピクリとも動かなかった。

「そう……だったの……。って、こんなことしてる場合じゃないわ!ねえ、ククールって男を見なかった!?ケーハク男なんだけど!」

ゼシカがハッと我に帰ると、メラメラと炎をバックにクローディアにせまる。エイトたちもそうだった、と思い出したようにいう。

「……ククール?さっき宿舎の中でその人の話が出てたけれど……」

クローディアは団長室での会話を思い出す。すると、ゼシカは目を輝かせて修道院へと足を踏み出した。

「そうと決まれば早速宿舎に行かなきゃ。エイト、ヤンガス、早く行くわよ!クローディアも疲れてなければ一緒に来て!ケーハク男を一発ぶちのめさなきゃ気が済まないわ!!」

そう言うと、ゼシカは小走りで修道院の中へと入っていった。

「……何があったの?」

状況をつかめないクローディアはエイトにたずねた。

「ドニの町でちょっとね……歩きながら話すよ」

エイトは疲れたように話す。その話を簡単に聞かされたクローディアは、また厄介ごとに巻き込まれたものだと、人知れずため息をつくのだった。

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