Ignorance is bless
一行は修道院内へと再び足を踏み入れた。ゼシカは余程腹をたてていたのだろう、宿舎の前にすでに到着していた。宿舎の前にいる用心棒は、どこかうんざりとした顔をしていた。すると、ゼシカはこちらを振り返り手招きをした。
「ククールに直接渡しに行って良いんだって!早く来て!」
クローディアは、何がなんだかわからないものの、とりあえずとエイトとヤンガスに続いた。宿舎の中は先程と変わらず、重たい雰囲気が漂っていた。
近くに立っていた騎士団員にククールのことを尋ねてみた。すると、彼は嫌なものでも見たかのような顔をして、マルチェロ団長におしかりを受けていると答えた。そう言えば、マルチェロが会話をやめて退出したのはそれが原因だったと、クローディアは思い出した。
「マルチェロ団長は今地下の拷問室に居るはず。執務室からそこへ行くと、先程騎士団員たちが話すのを聞きました」
彼女は二階に向かおうとするエイトたちに声をかける。拷問室と聞いて彼らは顔を青くするも、ゼシカの迫力にそれを忘れた。
拷問室へと続く階段を下る。換気ができるようなものもなく、空気が更に悪くなったのがわかった。地下牢がいくつか続いており、教会にこんな場所があって良いのかと疑問に思う者もいた。話し声が聞こえてきたので、忍び足でそろそろとその部屋の角まで歩いた。
「━どこまでマイエラ修道院の名を落とせば気が済むんだ? 全く、お前は厄病神だ。そう......厄病神だよ。お前さえ生まれて来なければ、誰も不幸になぞ、ならなかったのに」
はっきりと聞こえてきたマルチェロの言葉。ただククールを叱っているだけではないのが、目に見えてよくわかる。彼の言葉はまだ続いた。
「顔とイカサマだけが取り柄の出来損ないめ。半分でもこの私にもお前と同じ血が流れていると思うと、ぞっとする」
半分同じ血が流れている。
クローディアは、マルチェロが一人息子だったはずでは、と昔の記憶を呼び起こした。
『そういや知ってるかい?あの坊っちゃん、ここのメイドから生まれたんだよ!』
『奥様がここに嫁いできてからね、何年たっても子供がおできにならなかったの。それで痺れを切らした旦那様が、あちこち手をつけたんですってよ。恐ろしいわねぇ……』
『まあもともと、あまり夫婦仲は良くないそうだし。旦那様も女好きで有名だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど……。もし奥様が子供授かったらあの子と母親はどうなるのかねぇ。』
『さあね、でも良い扱いはされないんじゃないかしら……。それに、あのメイドの態度を見れば……ね、一目瞭然じゃない?』
彼女がドニの領主の屋敷で、マルチェロの魔法の指導をし始めた頃。使用人たちは皆ほとんど同じ時間に食事をとるため、例にもれず彼女も共に食事をしていた。そこで彼は妾腹から生まれたのだと知った。後から聞いた話では、マルチェロの産みの親たるメイドは、領主が自ら連れてきたどこの馬の骨とも知れぬ女だった。世話役を仰せつかったと言えどそれは名ばかりで、実際は愛人だった。最早本妻がこちらではないのかと疑うほど、傲慢な態度をとる女だったが……。
もし、彼が追い出されてマイエラ修道院にやって来たのだとしたら。
それに、あのククールという男は、領主の本妻と同じ銀色の髪ではないか。
記憶の中の本妻は体が弱く、滅多に人前に姿を見せない人だった。どんな性格で、どんな外見なのかは、噂でしか聞かなかった。気が弱く、領主にものを申すこともできない、という話は聞いていたた。一度だけ、マルチェロの世話係になるため直々に挨拶をしに行ったが、もうほぼ記憶にない。優しそうで、美しく儚げな方だったということしか覚えていない。珍しい銀色の髪だけは目に焼き付いていたが。
「……ッ!クローディアッ!何してるの、早く戻るわよ!?」
気づけば、ゼシカが小声で話しかけてきていた。二人の話が終わる雰囲気らしく、ここにいてはまずいとのこと。
「とりあえず、せっかく中に入れたんだ。少し情報収集してからククールに指輪を返そう。あんな状態じゃ返すに返せないよ」
エイトが気まずそうに言う。流石のゼシカもうなずいた。
「お、あっちに騎士団員じゃない人が何人かいるでがすよ!」
ヤンガスが、入ってきた方とは反対側のドアから外の様子を覗いて、旅芸人らしきものが外に居ると教えてくれた。
「ドルマゲスと、あとはクロゼルク?だっけ」
エイトは、曖昧な名前をクローディアに確認した。
「ええ、クロゼルクよ」
「オーケー、その二人の情報を少しでも良いから集めよう」
そう言って、一行は奥へと足を進めた。