命の価値。
――PM2:00
魔物の結界の中では時間の感覚が曖昧になるらしい。俺が結界から出ると同時に2時を知らせる鐘が鳴った。
体感としては30分程度だったはずなのだが。
俺は浦島太郎の気分を味わいながら集合場所へと足を向けた。
フレディと落ち合う約束をしていた場所に辿り着くと、そこには悲壮な表情をしたフレディと、それと何故か真っ青な顔をしたアルバがいた。
まるでお通夜のような雰囲気だった2人だが、俺の顔を見た途端に、驚き、安堵、歓喜、……色々な感情が混ざった複雑な表情へと変わった。
後に聞いた話によれば、俺からの通信が途絶えたことを不安に思ったアルバが探しに来たところ、血相を変えているフレディと鉢合わせて事情を知ったらしかった。
……当然そんなことは知らなかった俺は
「……待たせて悪い」
少々気まずい心持ちで右手を上げて笑ったのだが、――
フレディは目を見開いたまま固まっていて何やら“どうして”とか“一体どうやって”だとか呟いていた。
アルバはといえば、鬼気迫る表情で俺の方へとずんずん迫ってきたかと思うと
「あ、アルバ……?」
無言で俺を抱き寄せた。
背に腕が回されて、その手が微かに震えていることが分かる。
俺より僅かに背の高いアルバは口元を俺の左耳に寄せて、
掠れた小さな声で言った。
「お前が、死んだかと、思った」
「……、悪かった」
俺も小さく答えを返す。
……アルバの立場なら、不安に思って当然だ。
その思いをそのまま言葉にする。
「……そうだよな、アルバは俺を後ろ盾ってことにしてるんだもんな。俺が居なくなったら困るよな、すまなか」
「そういうことじゃない!!」
俺の謝罪にアルバの声が重なった。
一瞬大きくなった声が、すぐに力を失って呟くような声量になる。
「そういうことじゃ……ねえんだよ、馬鹿」
“そういうことじゃない”
つまり、立場とか身分とか右腕とか派閥とか、そういうことは関係ない点で心配してくれたということで。
……良い友人を持った。
俺は嘆息した。
もう、簡単に放り出して良い命ではなくなっているのか。
じわりと心が温かくなる。
微笑んで、俺をきつく抱き寄せるアルバの背中に右手を回してぽんぽんと叩いた。
「ごめん、心配かけて」
今度は素直な謝罪の言葉が出てきた。
アルバが落ち着くまでこうしていても良かったのだが、俺はふと思い出して声を上げた。
「……あ、おい、鬼ごっこはどうするんだ?ずっとこうしてたら格好の的じゃないか」
「「そんなもの、とっくに棄権した」」
俺の進言は物の見事にバッサリと切り捨てられる。
「え?!…な、なんで?」
思わず動揺した俺の問いに、2人はそれぞれ事も無げに答えた。
「勝って理事長に願うより先にやることができたんだよ。……それに、君が死んだらどの道勝ちは無理だろう」
フレディは憎まれ口を装ってはいるが、その言葉の端々から零れる安堵の響きにやはり好ましい人柄なのだと思わずにはいられない。
「……馬鹿、まだ分からねえか。俺は楽しむためにこのイベントに参加したのであって、お前の危機を放り出してまで勝つ気はねえよ」
「…………ありがとう、……あ、あれ」
心から感謝の言葉を口にした途端、俺の膝は役目は果たしたとばかりにかくりと力を失う。
気が抜けたのか、視界も揺れ、霞む。
意識もゆっくりと遠ざかるのがわかる。
再び血相を変えたフレディとアルバの2人を安心させようと言葉を紡ぐが、――
「あ、すまない、安心したと思ったら、……それとも、毒にちょっとかすって、た、のか………」
ダメだ、とても説明しきる体力がない。
倒れかけたところをアルバに支えられた記憶を最後に、俺の意識は落ちていった。
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