日記

▽2017/05/19(01:22)

デフォ名(阪原弥傘)
 阪原弥傘の目が、仁王は苦手であった。
 凪いだような彼女の視線を真っ直ぐに受けると、自分の目論見が全て見透かされているような気がしてどうにも居たたまれない心地になる。彼女自身が仁王の企みを看過したことはないのだがそれでも恐怖すら伴って、仁王は弥傘の目が苦手だった。

「柳生。お前さん、阪原の目が怖くないんか」
 部活の休憩中。仁王がそう呟くと、相棒に位置する柳生は眉を寄せつつ眼鏡を押し上げる。常に突拍子がない仁王ではあるが、今回に関してはいつも以上に真意が読めない。
 阪原弥傘はテニス部のマネージャーであり、肉体労働から情報の整理など多岐に渡る仕事をマネージャーに割り振り指示する責任者の様な役割も担っている。そんな彼女とは話す機会もそれなりにあり、瞳を見たことも無論必然的にあるが取り立てて何かを思ったことはなかった。
「……美しい瞳だと思いますよ?」
 元々、瞳とは光を反射するから大抵は美しいものだ。
 表現的な意味では死んだ目や濁った目などの例外も無論あるが、それでも現代日本で恙なく健やかに育てば一般的な瞳になるに決まっている。つまりはとても当たり障りのない表現を用いた柳生に、仁王は大きく溜息を吐く。
「おまんは紳士じゃけーのー」
「恐れ入ります」
「褒めとらんぜよ。あの目を見て何も思わんとか信じられん」
 おお怖いとわざとらしく身を震わせた仁王に、今度は柳生が溜息を吐く。
「何処が怖いのですか?」
「プリッ」
 呆れた風の柳生の問い掛けに対して言葉を濁すと、仁王は遠くで柳と話し込む弥傘に目を遣る。手元の資料を見ながら何やら柳と検討しているらしい弥傘の目は、遠目からでは見えない。しかしきっと冷たくはない、にも関わらず何もかもが見えているようなあの瞳なのだろうと仁王は脳裏に思い描いた。
 自分が何かしらを企んでいるから恐ろしいのだろうか。あの目が苦手な理由を仁王はそう推測してみる。しかし、仁王も常に何かを企んでいるわけではない。それでも疚しいことの有無に関係がなく常に苦手であり、何処が怖いのかと問われても答えられない。仁王自身、よく分かっていないのだから。
 考え込んでいると、弥傘がふと仁王達の方に顔を向ける。何の脈絡もなかったそれに仁王が反応出来ずにいると目が合ったからだろう、弥傘は仁王の苦手なあの目を細めて微笑んだ。その笑みに、仁王の息が詰まる。
 この距離から、仁王と柳生の言葉が聞こえていたわけがない。それでも聞こえていたのでは、と正体不明の焦りが仁王の体を襲う。そんな仁王を見て、柳生はつい苦笑した。
 目は口ほどにものを言う。仁王は相手の目から機微や視野を読み取ることが得意であり、心の死角を奇襲して動揺させることが好きだ。
 しかし他人のそれが上手いからといって、仁王は自身の心の扱いに長けているわけではない。寧ろ、彼が人よりも自分の感情に疎い部類に入るのだと柳生はこれまでの付き合いで感じていた。
 自身の感情に疎いからだろう。弥傘に覚えた恐怖は純粋な恐怖ではなく、もっと違う感情が起因する恐怖であると仁王は気付けない。その感情が時に恐怖を誘発すると知ってはいても、いざ自分がそうなったら仁王は悟れない。今も自分が熱っぽい瞳で彼女を見ていることにすら、きっと仁王は気付けていないのだ。それは滑稽ではあるが微笑ましいことでもある。
 いつか彼がその感情に気付いた時は、うんと味方して差し上げましょう。柳生は紳士らしく笑い声を喉に隠した。

(目と目が合う瞬間に恋だと気付けない仁王の話)

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