1話。

不思議な子に好かれたなぁと思った。


「お、せんぱーい!おはよっす!」


教室に行く廊下を歩きながら、真反対の靴箱からぶんぶんと手を振る男の子は大きな犬みたいだから懐かれたという方がしっくりくるかもしれない。

馴れ初めなんて特別なものでもなかった。放送部だった私に野球部の部長が練習試合にアナウンスしてくんね?と頼まれてその時1年生レギュラーの子がホームランを打って試合後遠くに飛んで行ったボールを一緒に探しただけ。草むらを1人で探していた1年生レギュラーの男の子が彼、山本武くん。

それからというもの、何故か会う度に声をかけてくれるようになって姿を見ただけでも手を振ってくれるようになった。練習試合はたまたま放送部部長の代わりに行っただけだからそれ以降はあまり関わらないし、私は転校してきた身だから山本くんの話も全然知らなかったから後から友人に聞けば1年生から問題行動ばかりしている沢田くん獄寺くん山本くんトリオで有名人らしい。さっきも一緒にいた2人はその沢田くんと獄寺くんだろう。


平凡に生きてきた私にこうして懐いてくれるだけでかわいい後輩だな。くらいに思っていた。


ただ、意識したと言えば、バレンタインという行事。別に好きな人もいなかったから誰かに渡すということは友人にだけ。でも、大人数の女の子に囲まれてチョコを貰っている姿を見てしまうと、私の中の何かが渦巻いた気がした。

確かに山本くんは人当たりも良いし誰からも好かれると思う。しかも野球部でレギュラー。運動神経も良い。女の子が放っておくわけない。


「...やっぱり、人気者なんだね山本くん」


呟いたと同時に自分の中にある感情に見て見ぬふりができなくなった。


「センパイ!」
「山本くん、どうしたの?」


日も落ちてきた放課後。放送室で次読む原稿の作成とついでに課題を済ませた帰り道。背に野球バットを背負った山本くんがかけて来る。

「一緒に帰りましょ!送ってくんで!」

そう言った山本くんは校舎ではなく住宅街の方から。今日は部活なかったのかな。その疑問に気づいたのか、ツナの家に行ってました。と爽やかな笑顔で言われて素直に納得して頷く。山本くんは嬉しそうに歩き出した。そういえばてっきり両手に紙袋パンパンのチョコがあると思っていたけれど身軽な彼に不思議に思う。まさかこの短時間に全部食べたわけでもあるまいし。

「山本くん、今日いっぱいチョコ貰ってるの見たけど置いてきちゃったの?」
「え?あー、アレ、先輩見てたんすか?」
「見てた...ていうか、まぁ、あれだけ騒がしかったらね...」

もう1人の銀髪の彼、獄寺くんという子にも黄色い声が飛び交っていてなんとも1年のフロアは賑やかだったので、友人が1年生の後輩に用があると着いて行った際に目に入ってしまうのも仕方がなかった。
山本くんはどこか言いずらそうに視線を上に向けた後、頬を人差し指でかいて言った。

「全部返したっす」

返した。とは受け取らなかったということだろうか。あれだけ女の子がいたのに。

「まぁ、チョコ持ってたら雲雀さんに噛み殺されちまうし」

雲雀さん。あの風紀委員長の雲雀恭弥さんか。確かに滅多に姿は見ないけれど今日はやけに校内見回ってたな。

「それに、本命からしか貰わないって決めてたんで」

ピタリと足が止まった。まさか山本くんの口から本命という言葉が出ると思わなくて。

「山本くん、本命いたんだ」
「ま、そっすね」

あれだけの女の子達の中にはいなかったんだ。一体どんな子なんだろう。山本くんの好きな子。きっと山本くんみたいに明るくて誰からも好かれるような素敵な女の子なんだろうな。


「センパイは?」
「え?」
「誰かにあげたんすか?」
「うん。友達にね。数人だけど」
「本命は?」
「...え?」


いつものように軽く世間話するような口調で、山本くんは聞いてきた。あげる予定なんてなかった。だってずっとかわいい後輩だな、くらいで思ってた男の子。本命。いるよ。隣に。でも無理だよ。私があげたって。彼にとってたただの先輩だもの。


「...本命は、ない、かな」
「それって、いるけどあげる予定ない的な?」
「まぁ、」
「...ふーん」

突然黙った山本くん。


「センパイからチョコ貰えるやつ羨ましいな」

微かな声だった。でもはっきりと私の耳に届いた。山本くんって初めて会った時からそうだった。私に自信を与えてくれる太陽みたいな子。

だからこそ、カン違いしてしまう。もしかしたら、なんて思ってしまう。いつも素直な彼だから。


ただ、私はこの言葉と共に見て見ぬふりをした感情に後悔するんだ。

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