ハーモニカみたい

いつもの探偵団の子供達を連れて出かけていた阿笠博士は、ふと何気無く視線を反対車線へと向けた。通りの向こう側、いつもないはずのものを見つけてガッと目を見開く。まさかそんな。開いていることの方が珍しいと言われる、幻の喫茶店。学者仲間や色々な方面から、出される珈琲の品質の高さを耳にしていたものの、未だ嘗てその店舗が開いている日に巡り会えていなかった。それが今まさに遭遇できているとは!阿笠は年甲斐もなく顔を輝かせた。急にテンションが高くなった博士を不審に思った少年が、目を眇める。

「どうした、博士?ぎっくり腰再発しても知らねーぞ」

「し、新い、いやコナン君!向こうの喫茶店の看板が見えるか?!」

「喫茶店?」

あまりの鬼気迫る表情にやや引きつりながら、追跡機能付きの眼鏡で言われた先の画像をアップする。喫茶店の入り口にOpenと書かれた看板が下がっていることを伝えると、博士の目が再度キラリと光った。発明以外でこの目を見るのは珍しい。

「新一、哀くん、わしはあの喫茶店に行きたくてのぉ…子供達を見ててはくれないか…?」

「はあ?」

***

「あれ、この前のお姉さんだ!」

カランカランとドアベルを鳴らして入ってきたのは、何時ぞやのバスジャックにあった時に前の席に座っていた小学生の軍団だった。よく覚えてるね。可愛らしい女の子が、こんにちはー!と寄ってくる。少し店内が賑わいそうだけど参った。ここに小学生が飲めそうなものは置いてない。

「こんにちは。何名様ですか?」

「博士入れて6人かな!」

あのバスに乗ってたメンバーまんまらしい。アルバイトの咲ちゃんに、とりあえず窓際の席をくっつけて、案内するように伝えた。小学生3人がパタパタ走る後ろから、気だるげな男の子が店内を走るなと注意している。なんだかこの子だけ子供っぽくないなあと、そんなことを考えながらお湯を沸かそうとすると、茶髪の女の子と目があった。あの時の怯えは見られないけど、何か言いたげである。

「ん?」

「…あの時はありがと」

「いいえ〜お互いに命拾いして良かったね」

「貴女、怪我して入院してたんでしょう?」

「あー…あれは強制的な検査入院だったんだよね…実際にはピンピンしてたの」

そう、あれはあの場に居たくなくて咄嗟に口をついて出た言葉を、誰かさんに大げさにされただけのこと。2日後には無事に家で過ごして居たのだ。誰かさんに待ち伏せをされたけど。茶髪の何処か影を持つ女の子は、そう、と呟いて窓際の席へと向かっていく。ツンデレですか?最後に入ってきた引率者だと思われる男性に、一応断りの言葉をかけておいた。

「あの、すみません。この喫茶店、お子様が飲めるようなものはあまり置いてなくて…」

「そ、そうですか…」

すごくショボンとしてしまった男性。悪いことをしてしまっただろうか。そんなことなど知らない子供たちは早速メニューを広げ、何を飲もうか悩んでいる。というか、英語で書いてあるけど読めるの?今の子たちはみんなグローバルなの?お姉さんはびっくりだよ。

「本当に珈琲だけなのね」

「歩美たちが飲めるジュースとかないんだね」

「喫茶店なのにこんだけかよ」

「元太君!例え本当のことでも声が大きいですよ」

お店は基本静かであるため、子供達の声がよく響く。しかし酷い言われようである。引率者の男性もハハハと冷や汗をかきつつ、空笑いしか出ていない。まあ、そもそも独身の大人から中高年を対象とした珈琲専門店なので特に気にしてはいないけどね。

「喫茶店に入りたかったのは博士だし、仕方ないんじゃないかしら」

「あぁ。元々専門店はファミリー層向けじゃねぇからな」

「そうなの。高校生以下のお客様が来ることは予定してなかったの」

お水を6人分持って話に入ると皆んな肩をビクつかせた。あまり良くないことを言っていた自覚はあるらしい。

「注文は何になさいますか?」

「じゃあブランドコーヒーを…」

「博士だけずるーい!」

「そうだぞ!博士は頼むのに俺たちは水かよ」

「し、仕方ないじゃろ、君達は珈琲を飲めんのじゃから…」

「私はカプチーノにしようかしら」

「俺はホットコーヒーで豆はブルーマウンテンでいいぜ?博士の奢りだろ?」

「コ、コナン君達まで…」

大人なのに子供に言い負かされる博士って立ち位置弱いんだな、と勝手に同情する。それよりもやはりメガネの男の子と茶髪の女の子は他の3人なんとなく何処か違う。というか小学生でブラックコーヒーとか飲むってどゆこと。しかも付属品いらないだと?本当、今時の子ってませてる。ただ、注文したのは博士と妙に小学生らしからぬ雰囲気を持つ男女の3人だけだ。散々文句を言っていた他の小学生3人は、飲むものがないとふて腐れていた。仕方がない。ここは店長の私が一肌脱ごうではないか。

「ミルクたっぷりのカフェオレなら飲める?」

「あ、歩美それ大好き!たまにお母さんに買ってもらってるよ!」

「じゃあ、3人にはそれを作ってあげるね。でもメニューにないものだから、皆には内緒ね」

有名女優みたいにうまくできないけど、人差し指を立ててウインクすれば不貞腐れていた3人の表情が明るくなる。何度も頷いて両手をあげながら、素直に感情を出せるその子たちを微笑ましく思った。

「気を遣わせてしまってすまんのぉ…」

「いいえー折角来ていただいたので。でもお代はきっちり頂きますよ、引率者さん」

にっこりと笑えば、彼は頬を引きつらせつつも苦笑い。ここはお店であり善意溢れるボランティアではない。かといって破格を突きつけるはずもないけれど。甘さは各自で調節してもらうことにして、なるべく苦味のないままで3人分のカフェオレを作った。咲ちゃんが、またやってるよ、みたいな目で見てくる。仕方ないじゃない、飲みたい人に飲んでもらうのが醍醐味なんだから。赤字さえ出さなければいいのだ。

「お待たせしました」

ブレンドとブルマンのブラック、カプチーノ、それからお子様用のカフェオレ3つ。味はもちろん好評だった。博士も頬を染めて飲んでくれたし、子供達も思いの外、美味しいと喜んでくれたのでよしとする。子供が来たとき用のメニューもちょっと考えておこう。

「ねえ、お姉さん!また来てもいい?」

「いいよー。メニューにカフェオレは載せないから、今度来た時はいつものって注文してね」

「はーい!」

それって常連さんみたいだね!なんて嬉しがる子供達に笑みが零れた。こういう雰囲気、好きだなあ。それぞれが気に入りの飲み物を見つけて、満足そうに帰っていく6人組を見ながら、すっかり飲み干されて綺麗になった食器を片付けた。