貼りつけた形ある虚勢

「依…?依じゃないか!!会いたかったよー!!」

「きゃっ!」

名前を呼ばれて振り向いた瞬間、身体に訪れた衝撃。うーん、デジャブ。飛びつかれた私の身体はまともな受け身の体制をとることなく、ベシャリと尻餅をついた。地味に痛い。目の前には見慣れた猫っ毛がふわふわしており、ぎゅっと抱きついてくる癖は何年経っても抜けることはないらしい。私の腰を抱くその子の名前を、確信を持って呼んだ。

「久しぶりだね、真純ちゃん」

「覚えててくれたのか?!」

「勿論。それにしても吃驚した。外国に行くって言ってなかった?」

「それが日本に戻って来たんだよ。今は日本の女子高生!」

確かに今着てる服は何処かの高校の制服だ。この子がスカートとか意外すぎる。めっちゃ足綺麗だな、なんておじさんみたいなことを考えてしまった。私が覚えてたことが余程嬉しいのか、真純ちゃんは満面の笑みを浮かべている。私もそれに答えて笑顔を浮かべるものの、取り敢えずお尻が冷たいから起き上がりたいなあ、なんて。私を下敷きにしていることに気付いた彼女は、慌てて上から退き手を差し出して起こしてくれた。やだイケメン。

「ごめん、ごめん。怪我してないかい?」

「大丈夫だよ。なんだか見ない間に可愛くかつ逞しくなったねえ」

「逞しいと可愛いは一緒に使ったらまずいんじゃないのか?」

「そう?真純ちゃんで共存出来てるから大丈夫だよ」

抱き起こしてくれた後、小さい頃と変わらずぎゅっと腕に抱き付いてきて歩き出す。鼻歌まで聞こえてきそうなくらいご機嫌であるので、なんだか私も楽しくなってきた。聞けばこれから止まっているホテルに帰るところらしい。日本に帰ってきてまだそんなに日にちも経ってないようで、彼方此方動き回っているようだ。

「依は今何やってるんだい?」

「気ままに喫茶店の店長かな」

「本当?!行ってみたい!」

「今日はもう閉じちゃったからまた今度ね。暇な日があったら教えて。その日に開けるよ」

アドレスは変わってないよね、と聞くと元気よく頷く。すっごく可愛い。さっきまで泥のように疲れて溶けそうだったお姉さんはだいぶ癒されたよ。途中まで送っていくと伝えると、物凄く嬉しそうに頷いてくれて、もう心残りはない。泊まってるホテルの場所を聞くと、中々の高級ホテルだった。え、ホテル暮らしとか羨ましすぎる。

「そういえば1人で帰って来たの?」

「ママもいるよ!悔しいけど、ボクはまだ未成年だしね」

「そうだよねえ…何か困ったことがあったら遠慮なくいってね?」

「有難う!」

笑顔は昔のままだ。相変わらずひょっこり姿を現わす八重歯が可愛い。お店に招待できない代わりに道すがら近くの喫茶店へと連れだった。カフェラテ二つを頼むと、真純ちゃんが慌ててお財布を出そうとしたので止める。高校生はまだ子供だし誘ったのは私だ。というかこの子相手には全て奢るっていう変な習慣がついてしまっている。

「これくらい出すよ」

「はいはい、子供は黙って奢られてなさい」

「あんまり奢ってもらうとママに怒られるんだ…」

「メアリーさん、そういうとこ厳しいからね。でも黙ってれば分かんないって〜」

ややふて腐れた真純ちゃんの背中を押して席に座らせる。それにしても何年ぶりだろう。留学したのは中学生だったから、3年ぶりくらいかな。随分縦に成長している。

「真純ちゃん以外の人は元気?」

「勿論!ママと吉兄もめっちゃ元気だよ!」

「そっか。あ、一番上のお兄さんは…?」

「秀兄は…」

油井さんから聞いてどうなったかは知っていたけど、話の流れ的に聞かない方がおかしいかと思って聞いてみた。でもこっちの方が地雷だったみたい。それまでは舌の根も乾かぬうちに様々な話題が出てきたけど、一番上のお兄さんの話になるとみるみる元気が無くなってしまった。その顔を見るに、殉職したことは知っているようだ。

「…辛かったね、真純ちゃん」

「依…」

「泣いていいよ。真純ちゃんは昔から強がりだから、ちゃんと泣いてないでしょ?」

「っ…そんな事ない!秀兄が危ない仕事に就いてたことは知ってたし…」

唇を噛み締めて下を向いている。会えない時間の方が長いのに、あれだけ慕っていたのだ。突然の別れが悲しくないはずがない。彼女が赤井さんを大好きだったのも知ってるし、赤井さんだって妹を大事に思っていたことを知ってる。いつかは兄妹水入らずで遊びたいと言っていた彼女の願いは遂に叶わなかったようだ。ふわふわの猫っ毛に手を添えて、流れに沿うように撫でる。下手くそな笑顔。最初は大人しくされるがままであったけど、ハッと我に返った真純ちゃんに子供じゃないと手を払われてしまった。嫌がったって、撫でられるのが嬉しいことは知ってるんだからね。