焼き討ちユートピア



もう何もやりたくない。喫茶店をやっていてそう思うことは度々ある。どうしたって自分の目指す珈琲にならなかったり、配合に行き詰まったり、欲しかった豆をセリで落とせなかったりしたときは尚更。今回は1番最後の理由だ。卸で前々から仲良くしていたトニオさんに入ったら教えてほしいとお願いしていた珈琲豆があったんだけど、それが従業員に伝わってなかったらしく私の分の配当がなかったのだ。今週のオススメはこれだと意気込んでいた私は、それはそれは落ち込んだというか何もやる気が起きなくなった。トニオさんはめっちゃ謝ってくれたしそこまでさせて申し訳ないとも思ったけれど、一度強制的に消化させられた炎はなかなか燃え上がっては来なかった。

「なまえちゃーん、元気出して!」

「うう…無理…今週はお店開けない…」

「…萩原、こいつ何があったわけ?」

市場からお店に帰って来ると、丁度タイミング良く珈琲を飲みに来た萩原さんと鉢合わせした。後から松田さんも来ると言われたので一応お店に通したものの、今日は2人に珈琲を提供する気分じゃない。カウンター越しにストライキを宣言した私を、萩原さんがよしよししながら慰めてくれていたところに、遅れて松田さんがやって来て今に至る。

「いや〜何だか入荷予定だった豆が向こうの手違いで手に入らなかったんだってさ」

「それでこの落ち込み様か…そんなにいい豆だったのか?」

「私が飲みたかった…」

「自分の為かよ」

松田さんは呆れていたけど、私にとっては結構重要だった。長年恋い焦がれて漸く手に入れられるとウッキウキで出かけた先で、お預けを食らった時の気持ちは分かるまい。負の言葉を連発する私に呆れつつ、珈琲が飲めないと分かったのにお店を出ていかない2人は優しいと思う。持つべきものは常連さんだね。

「そうだ!じゃあなまえちゃんが元気出るように俺たちが何かをしてあげるよ!」

「なにそれ楽しそう」

「おっ!ちょっと復活?松田、何かしてあげたいこととかある?」

「珈琲が飲みてぇ」

「それはお前がしたいことな。なまえちゃんは何かしてほしいこととかある?いつも美味しい珈琲を飲ませてくれるから、そのお礼ってことで」

萩原さんの申し出に頭をひねってみる。してほしいこと、してほしいこと。いざ考えてみると中々思いつかないものだ。そんな時、ふとお店に貼ってあったポスターに目が行った。そこに書かれているのは町内の夏祭りの案内だ。小さい子供を連れた女の人に貼ってほしいと頼まれたもので、お姉ちゃんも来てねと可愛い笑顔で誘われたことを思い出した。夏祭りなんて長いこと行ってないので、久しぶりに金魚すくいとかしたい。いやいや、でもこれから仕事に戻る2人に一緒に行ってほしいなんて言えないしなあ。他の頼みごとを考えねば。

「祭りに行きてぇのか?」

「え?」

「見てたろ、あのポスター」

「お、ほんとだ!今日あるのか…じゃあなまえちゃん、一緒に行こう!」

「え、え?いや、2人とも仕事は…」

「今日は俺も松田も早上がりってね!19時には迎えに来れるから準備しててね」

思考先回りし過ぎてない?どうして視線だけでわかったの。そんな私の意見を聞くことも無く、一方的に迎えに来てくれる時間を言い残して爽やかな笑顔と共に去っていった2人。言われたことを理解するのに気を取られていた私は、見送りの言葉も出せなかった。いや、早上がりって言ったって仕事をしてない私と違って疲れているだろうに、そんな2人と祭りに行きたいなんて私は鬼か。鬼なのか。それでも緩む頬を抑えきれず、指折り待ち合わせの時間を数えてしまう。取り敢えず備品管理や在庫管理で時間を潰しているとあっという間にお迎えの時間になり、時間ぴったりに2人が迎えに来てた。異性とお祭りに行くとか初めてだよ。

「あ!わたあめがある!」

「よし、萩原さんが買ってあげよう!」

「わーい!」

「子供か」

「林檎飴も食べたい」

「甘いもんばっかじゃねーか」

さっとお財布取り出してわたあめを買い与えてくれる萩原さんも、チョップしつつちゃんと林檎飴を買ってくれた松田さんも優しすぎかよ。あれが食べたいと希望を言えばすぐさま用意されるとかどこのお姫様仕様だろうか。役得。2人とも私に甘いね、知ってたけど。いやぁ、イケメン侍らせるってすごく気分がいい!周りからの視線が痛いけど負けない。

「他に欲しいものはある?」

「あんま甘やかすなよ、萩原」

「私ばっかりじゃなくて2人とも好きなもの買って来ていいよ?ちゃんと待ってるし」

「確かに腹減ったな。焼きそばとたこ焼き買ってくるわ」

「あ、俺は焼き鳥食いたい。タレでよろしく」

「私鶏皮の塩〜!」

「へいへい。金は折半な」

お財布片手に出店が立ち並ぶ通りに戻って行った松田さんは、ものの数分で両手に食料を抱えて戻って来た。焼き鳥と焼きそばとたこ焼きとビール。だからさ、前も言った気がするけどいくらお腹空いてるからって買いすぎなんだってば。わたあめと林檎飴で既にお腹が膨れていた私は鶏皮だけしか入らなかったけど、食べきれるのかなんてそんな心配をよそに2人は綺麗に完食してた。うわぁ相変わらず早い。一服した後、食後の腹ごなしに再び屋台を巡っているといつもは人が多くて遊べもしないお店を見つけた。

「あれ射的じゃない?」

「その割には人いねーな」

「遊ぶなら今がチャンスって感じだね」

暇そうにしてる店員に聞けばもうすぐ花火が始まるとかでみんな場所取りに向かってしまったのだとか。まだ目玉商品は残っているからやってみなよ、という言葉に乗せられ二つ返事でお金を払い、銃を構える。狙いは大当たりと書かれてる的だ。内容を聞けばイルカの抱き枕とな。やるしかないではないか。

「なまえちゃん、射的やったことあるの?」

「ないよ!」

「そんな自信満々に言われてもな…いいカモにされてんぞ」

「当たるかもれないし!ちょ、気が散るから黙ってて!」

ネットでよく見かける射的のコツを思い出しながら、狙いを定めて引き金を引く。パンッと小気味のいい音を立てながら飛んだコルクが向かう先は、何故か店員だった。あ、ごめんなさい、と謝りつつもう一度打つ。やっぱり店員さんに当たる。これ銃身曲がってない?むさいおっさんはお呼びじゃないんだけどな。結局商品棚に当たった一発を除き、残りの4発は全て店員さんへ向かったのでだいぶ謝り倒した。それを見た萩原さんも松田さんも腹立たしいことに大爆笑である。笑い事じゃない。

「なまえ、お前やっぱすげえわ」

「ひー…腹痛い!ある意味なまえちゃんの才能だね」

「笑うなんて酷い。難しいんだからね!2人もやってみればいいんだ!」

「おーおーやってやろうじゃん?萩原ァ」

「りょーかい!現役の腕の見せ所だな」

にやっと笑った二人はそう言って各々お金を払い鉄砲を構える。その姿は悔しいほどに様になってた。あれ、こんなシーン何かのドラマで見たことあるよ。あぶない刑事のワンシーンさながらだな、おい。松田さん、グラサンに咥え煙草、鉄砲を一度肩に担いでからの構えは反則です。萩原さんも、片目で銃身と標準を確認する仕草は18禁でお願いします。

「いいか、萩原」

「いつでも」

そんな掛け合いをした後に訪れる、張り詰めた空気。一拍置いて2人が同時に引き金を引く。大当たりと書かれた箱の隅へ2発とも命中させ、次の球でさらに後ろへずらした。構えも狙い方もあまりにもプロ過ぎて目が点になる。その2発を皮切りにパパパパンと連射し、気付けばガコンと音を立てて箱が下に落ちていた。充填早過ぎだよ、見えなかったよ。店員さんもびっくりして口が開いたまま固まってるじゃん。伊達に警察官してないね。

「今回のは重かったな」

「いつもは3発くらいで落ちるからね…相当の重り入ってたんだろ」

「ど、どうぞ!商品のイルカ抱き枕です!」

「どーも。ほらよ、なまえ。欲しかったんだろ」

「わわわ!本当にもらっていいの?!」

「その為に取ったんだから貰ってくれないと俺たちが困るなぁ」

押し付けられるようにして渡された景品。こちらを見つめるくりくりおめめは、3人で水族館に行った時に触れ合ったイルカとおんなじだ。嬉しさのあまりぎゅっと抱きしめて、お礼と一緒に笑顔が溢れた。

「ありがと!大切にする!」

「…おう」

「どういたしまして〜」

こうして増えた1匹とともに3人で再び出店ロードを練り歩く。途中で見つけた水ヨーヨーもやったし、金魚すくいだって勿論やった。あれやりたい!と主張すれば嫌な顔1つせずに付き合ってくれる2人には感謝しかない。因みに射的は神業連発だった2人が金魚すくいでは全く掬えず、逆に十数匹すくい取った私がここぞとばかりにドヤ顔を返してあげたのはいい思い出だ。取りすぎた金魚は勿論お店にお返ししたので、今手元にあるのは黒い出目金と赤い金魚、それから尾鰭がひらひらした白い金魚の3匹。

「水槽あんの?」

「子供の頃使ってたやつあるから大丈夫。必要なら一式また買うし」

「なまえちゃんって思い切りいいよね」

「それが取り柄だからね」

家に置けなかったらお店に置いてもいいし、金魚とぬいぐるみとはいえ家族が増えるのはいいことである。カウンターで生きた屍のように項垂れていた昼間とは打って変わって、終始笑顔でいる私を見て安心したらしい。萩原さんも松田さんも、2人して私の頭に手を置いてうんうんと頷いていた。おい、やめろ。背が縮むだろう。

「やっぱなまえちゃんはこうでなくっちゃね」

「沈んでるお前は気持ち悪い」

「2人ともひどい。ちょっ!グリグリしないで!禿げるし縮む!」

抗議虚しく、頭を撫でる攻撃はお店に着くまで止むことはなかった。ちなみに花火は完全に花より団子状態で見忘れたので、また次回に期待したいと思います。


title by ユリ柩