眺めるお前ら



「むむむ…」

目の前に置かれたカードを睨む。今日は久しぶりに優作さんが来てくれて、珈琲の感想や小説の感想、彼が今ハマっているというリラックス法などを話してくれた。相変わらずダンディで素敵すぎるその存在に頬を緩ませていれば楽しい時間はあっという間で、気付けば直ぐに帰らなければならない時間になってしまう。優作さんも名残惜しそうに席を立つと、お会計の時に1つの封筒を渡された。これはなんぞ。首を傾げる私を楽しそうに見た優作さんは、ネットを使わずに解けるかな、なんて百面相する私に声をかけつつ笑顔で帰っていった。

「いや、これ無理でしょ」

中から出てきたのはクロスワードの台紙とそれを解くための謎かけが書かれた便箋。縦横合わせて20問ずつの小さめなクロスワードだ。だがしかし侮ることなかれ。日本語以外で書かれてる問題もあるってどういうこと。流石世界を股にかけるミステリー小説家ですね。文が読めなければ解けないじゃないか。それにあんなことを言われてしまえばネットは意地でも使いたくない。時間を見つけてちょこちょこ図書館で調べるしかないだろう。解けるまでどれくらいかかるかなあと思いを馳せていた時、漫画の一コマよろしく思考の電球に光が灯った。

「いいこと思いついた!」

***

"協力者募集''、そんな手書きのポップを目にした萩原さんと松田さんが、席につきながらこれは何だと持ち上げる。なんだと言われても書いてある通りである。あ、毎度警視庁からご苦労様です。

「ちょっと優作さんからゲーム感覚で出されたクイズがあって、それを一緒にといてほしいなって思って」

「協力すると何か貰えんの?」

「うーん…考えてなかったけど珈琲チケットとかどう?」

「乗った!」

「即決だね、萩原さん」

「珈琲がかかってたらやるしかないっしょ!松田、お前は?」

「お前が解けたらチケット譲ってくれりゃあいい」

「あげません〜」

何だかんだで二人とも協力してくれるそうなので、用意しておいたコピーを二人に渡す。準備がいいなと松田さんに鋭い視線で言われたけど、始めから巻き込むつもりでしたなんて言えない。課題を解くときはネットは絶対使わないように説明すると、すぐさま無理だろと反論が返ってきた。そうだよね、私も最初はそう思ったよ。

「だって優作さんが使わずに解けるかなって言うから」

「それにしたっておかしいだろ、何で楔形文字で問題書いてあんだよ」

「知らないよ!優作さん頭良すぎて私がついていけるわけないじゃん!だからみんなに協力してもらってるんだよ」

「ちょっと、なまえちゃんそれ本当?あとだれが協力してんの?」

「二人の同期二人組と、赤井さん。いつものメンバーだよ」

「…負けてらんないなあ」

他のメンバーにも協力を求めていると聞いた二人。特にきらっと目が光った萩原さんは腕まくりをして問題を読み始めた。いやね、何もそこまでムキにならんでもいいんだよ。皆仕事の合間にちょっと考えてくれればいいのだけれど。そんなことを考えているとにこやかに笑う降谷さんとあくびをかみ殺している油井さんがお店に入ってきた。降谷さんのドヤ顔は今日も素晴らしい。

「なまえが苦戦していた部分が解けましたよ」

「え、もう?昨日渡したばっかりなのに…」

「おっ!松田と萩原も巻き込まれたわけ?」

「主に萩原がやる気だな…珈琲チケットがかかってんだと。お宅の降谷もいい顔してやがるじゃねえか」

「赤井にも協力求めてるらしくてな…あいつに負けてたまるかってゼロちゃん必死よ」

「松田、ちょっと頭かして」

「光、余計なことは話すなよ」

「ちょっとちょっと…何でそんなに険悪ムードなのさ。ほらほら、降谷さんもここ座って、皆で解いた方が早いじゃん」

競ってほしくて協力を求めたわけではないので、仲違いはしないで頂きたい。取り合えず降谷さんから楔形文字の問題の解説をお願いした。何を隠そうこのクロスワード、何回か答えを変換する必要がある上に、それが次の問題のヒントになってたりするのだ。非常に厄介。

「答えはメレンゲですよ」

「何で?」

「楔形文字を解読するとN46"42"49" E08"10"57"はある場所を示しています。これは北緯46度42分49秒、東経08度10分57秒…スイスにあるライヘンバッハの滝。その麓が発祥の地となればおのずと答えは出ます」

「へえ…何でそんなこと覚えてんの…シャーロキアンだったっけ?」

「呼んだか?」

「呼んでいません、日本に入ってくんな赤井秀一ィィイィ!」

「赤井さん、いらっしゃい〜。そしてご協力感謝です〜」

「降谷君は相変わらずだな。なまえ、いつものを頼む。それから…ヒエログリフで書かれた答えはアインシュタインだった。あまり捻りはなかったぞ?」

「まずね、問題が読めないの、それだけで十分捻ってると思うんだ」

「降谷もだが、すげぇな赤井…お前ヒエログリフ読めんのかよ…」

「大学自体にエジプト学を専攻していてな」

「松田、俺も今から大学行こうかな…」

「やめとけ、受験で廃人になる萩原は見たくねぇ」

うんうん、萩原さんの言いたいことも分かるよ。赤井さんと降谷さんはやっぱり別格だよね。それでもやはり爆弾処理班に籍を置いてるだけあって、物理問題には強かった。いつの間にか5人揃ったカウンターはいつもより少しだけ騒がしい。そんなカウンターの様子をニコニコしながら見守るおじいちゃん集団尊い。注文を受けた珈琲をもっていくと、若いうちは楽しみな、と訳の分からないアドバイスをもらった。

「なまえちゃん、第3問分かったよ〜キルヒホッフの法則だね」

「何それ初耳」

「電気回路に関する法則。説明してやろーか?」

「松田さんのドヤ顔が悔しいから遠慮しとく」

「ああ、あれか。工藤優作ってほんと知識がありすぎだな」

「言葉でわかる油井さんも凄いよ。何気に博識だった?」

「馬鹿だと思ってた?」

「うん」

ごめんね、と笑えば傷付いた〜なんて心にもないことを言いながら珈琲を飲んでいた。潜入捜査というか公安に入れるくらいだからまあある程度は賢いのかもしれないけど、普段の様子から見たらただのチャラ男だからね。というかほら、油井さんの両隣には化け物みたいな2人がいるから、どうしても霞んで見えるのが正直なところだ。珈琲に関する問題だけは私が埋めたけど、それ以外は取り敢えず5人に任せ、私はお店の運営に専念させてもらった。

「結構出揃ったんじゃないか?」

「主要部分は埋まったな」

「まぁ、俺たちに掛かればこんなものでしょう」

「わ、早い!あとは並び替えて解読するだけだね!」

「大体赤井と降谷が解いちまったけどな」

「ちょっと悔しいよね〜」

虫食いだったクロスワードはびっしりと答えで埋まっていた。3人寄れば文殊の知恵というけど、それ以上だね。各方面に明るい人がいてとても助かった。印が書かれたキーワードのマスに入っているアルファベットを抜き出して並べてみる。

「esbaterces…?こんな英単語知らない」

「フランス語とか?」

うんうん唸るが、他にヒントになりそうな問題文もなく、説明文もない。ここへ来て手詰まりとかすんごい悔しいんだけど。

「工藤氏は何か言い残していかなかったか?」

「分からなかったら振り返ってごらんって言われた。あとはネットを使わずに解けるかな、とか…?」

「振り返る?」

それを聞いた私以外の5人はピンと来たようだ。悪かったな、私は文系といえど日本語以外は興味なくて勉強しなかったんだよ!ニヤニヤする彼らはなるほどな、と感慨深く頷いてる。それが余計に悔しい。

「なまえちゃん、振り向いたら何が見える?」

「珈琲豆」

「うん、まあお前だとそうなるよな…」

「振り返る時は何処を見るか考えるといい。それが答えだ」

「赤井さん、哲学的なことは今はお呼びでねェんです」

「いや、赤井からすれば最大のヒントなんだから捻り出せよ、なまえ」

「一度振り向いて見たらどうですか?その時の視線の位置を考えてください」

降谷さんに言われて振り向いて見る。やはり見えるのは珈琲豆たちであり、その瓶の中に答えが入っているわけでもない。うーんと唸りながら視線を前に戻した。…前?

「あ!後ろ!」

「正解〜!」

「ほほ〜!後ろから読めばいいのね!secretbase…あ、secret base!秘密基地席!」

ぱちぱちとやる気のない複数の拍手に見守られて、優作さんがよく使用する席に飛び込む。壁沿いの棚に置いてあるフェイクブックの中に見慣れないものを発見して抜き出してみれば、何と緋色の捜査官の新刊が出て来た。しかもサイン入り。なんてマジック!あれ、黒羽盗一さんみたい!

「ぎゃー!!!!」

「騒がしいな…」

「みんなありがと!優作さんが1番ありがとうだけど!」

「凄い叫び声ですね…引きます」

「酷いこと言うなよ、ゼロ。喜んでんだからいいんじゃね?」

「なまえちゃん、珈琲チケットよろしくね〜」

「次来る時は楽しみにしとくわ」

「使用期限はつけるなよ?アメリカからだと中々通えんからな」

「まじか。しかも全員分とか鬼かよ、でも作る!任せて」

頂いた本を胸に抱きしめて5人を見送る。これからも真面目に働きなよ〜、と萩原さんに言われたけど、それはブーメランでしっかり返してあげた。皆かなり手伝ってくれたから1人5枚の珈琲チケットを考えたけど、それぞれがよく飲む珈琲の単価を考えてちょっと手が止まってしまったのは内緒。こうなったら私の懐の深さを見せつけてくれる!赤字覚悟で用意した珈琲チケットだけど各々喜んでくれたので良しとしよう。


title by 骨まみれ