ひろいあつめた光のぶんだけ



「よーし、じゃあ始めようか」

「そうだな、なまえもひと段落ついたみたいだしな」

「いやいやいや、あのね、萩原さんに松田さん。今日お店休みなんだよね」

奥の席で何かごそごそやっていた2人が手招きをしている。確かに仕込みのひと段落はついたんだけど、その前に休みだと知ってお店に来た2人は、私の親切心をこれでもかというくらいに期待してきたんだろう。来てしまったものは仕方ないし常連さんだし、なんでも2人でお休みを合わせたと言われてしまえば、追い返すことなんてできやしない。珈琲は用意できないことを伝えた上で、それでもいいというので2人をお店に入れてあげたのだけど。

「…何これ」

「模擬時限爆弾だよ。初めて見るでしょ?」

「警察庁の備品なんだから壊すなよ?」

「壊さないというかもって来ちゃ駄目でしょ。何してんの」

「いやぁ、なまえちゃんにも普段の俺たちの勇姿を見てもらおうと思ってさ〜」

「勇姿って…」

テーブルの上には何やら細かい字が書かれた図面っぽいのと、工具が入った箱、B5サイズの箱が置いてあった。B5の箱は蓋が開けられるようになっていて、言われてそれを取るとタイマー、赤い発光ダイオード、それから液晶版みたいなものがいろんな色の配線で繋がれていた。模擬とはいえ、こんな物騒なものお店に持って来てほしくないんだけど。少し引き気味に2人を見ると、萩原さんからペンチのようなものを渡された。解体しろってか。松田さんは時計の針を確認している。

「ほい、じゃあなまえちゃんもやって見よー!」

「へ?あのね、よく意味が…」

「制限時間は10分な」

「いやいやいや、何で松田さんまでノリノリなの!息抜きに爆弾解体とか趣味じゃないよ」

何やら即刻スタートを切られそうな2人を取り敢えず止める。そもそも爆弾の構造を理解してないのに10分で解体とか鬼か。今日の2人は何なの、夜勤明けで暴走気味なの?

「物は試しだ。一回やってみな」

「それにしたって怖すぎるよ、松田さん」

「最初は誰だってそうだよ。ほら、どこでもいいから切ってみて」

「適当すぎるよ、萩原さん」

2人に肩を押されて爆弾の前に座らされる。彼らは私に何が何でも模擬体験をさせたいらしい。やらないことには解放してもらえそうにないので、仕方なく適当なコードを切ることにした。赤白黄色、黒、青、オレンジの六色の配線。オレンジ以外の五色は縁起物の垂れ幕に使われるので、縁起物に関係ないオレンジの配線を切ることにした。意外に硬いよ、この配線。

「えいやっ!」

ブチっと音がして、赤いランプが点灯、ピーッという発信音の後に液晶画面にBomb!という英単語が登場した。はい、死んだ。

「流石なまえ。一発目でお釈迦になるやつ初めてみたわ」

「普通は2手くらいで爆発なんだけどね」

「初見で解体成功の方が無理あるよ」

「図面も見ねぇで始める心意気は褒めてやる」

「嬉しくないし」

「まぁまぁ、それもなまえちゃんのいいところだからさ」

慰めてる割には完全に笑いを堪えて話す2人にジト目を向ける。だってどこでもいいって言ったじゃん。分からないことは深く考えないし、自分でも変な引き持ってるのは知ってるからいいよ。一頻り笑い終えた萩原さんがコードを繋ぎ直して、図面を指差す。工学なんて父からちょろっと小耳にはさんだくらいしか知らないよ。

「時限爆弾には種類があるから、まずはどれに当てはまるか確認するんだよ」

「いまなまえが解いたやつはこれ。時計改造型のやつな」

他には化学反応を利用したり線香を利用するものもあるそうだ。へえ。いらないよ、そんな知識。私は平和を愛してるんだ。

「あとは電気配線と図面を見て、トラップに気をつけながらコードを切ればいいんだよ」

「電気回路は中学校で習ったろ?あれの応用だ」

「簡単に言ってるけどさ、経済学部に電気回路は必要ないわけで…直列と並列しか分かんないよ」

「はい、もう一回やってみよう!」

私の言葉はなかったことにされた。図面を見ながらこれが雷管で、起爆装置で、って教えてくれるけど、色んなところから配線が出ててさっぱり分からない。取り敢えず信管に電気が流れなければ爆発はしないらしいので、そこをうまく処理していけば大丈夫っぽい。松田さんに小突かれながら、萩原さんに笑われながらB5サイズの模擬爆弾は5回目でやっとこさクリア。これで解放されると思ったら萩原さんが別の模擬爆弾出してきた。その鞄は4次元にでも繋がっているのかい?

「うわわわっ!カウントダウン始まっちゃった!」

「落ち着きなよ、なまえちゃん」

「そんなこと言ったって…!なにこれなにこれ!ランプが!」

「焦りは最大のトラップだ。落ち着いて解体しろ」

「ひいい!無理!」

「おい、馬鹿!それ切んな!」

「え?わあ!」

パァンッとクラッカーを鳴らすような音がなって紙吹雪が舞う。目を白黒させる私を見て楽しいのか萩原さんはずっと笑っていた。ちょっとこれ誰が掃除するのさ。

「はい、しっぱーい」

「萩原さん、楽しそうにしないでよ!!」

配線には電気が通ってるやつと通ってないやつ、はたまた制御装置に繋がってるコードもあったり、トラップがこれでもか!って詰め込まれてる模擬爆弾。こんなにややこしいものと日々格闘してる爆発物処理班に拍手を送りたい。それもこんな賑やかな雰囲気の中ではなく、現場の殺伐とした緊張感で手が竦むあの中で。選んだ一本が生死を決めるというこの緊張感は、できることなら一生味わいたくない。彼らにとってはこうやって穏やかな時間を過ごすことの方が非日常になりつつあるのだと思うと、訳もなく悲しくなった。結局松田さんの指導を受けても、萩原さんの助力を貰っても私は解体できなかった。2人はものの数分で解体してたけど。因みに、これ誰が作ったの、という私の問いに対して2人が手を挙げた。この日のために警視庁の備品を拝借して新しい訓練器具を作ったそうだ。お手製か!暇人か!

「2人が日々すごく頑張ってるのはよく分かったよ」

「そうなんだよ〜もっと褒めて〜」

「凄い凄い。萩原さんも松田さんもプロだねえ」

「褒め方が雑になってんぞ」

「そんなことないよ。2人の頑張りに免じて珈琲を奢って差し上げます!」

「流石なまえちゃん」

「持つべきものは喫茶店のマスターだな」

いそいそとカウンター席に座る2人。模擬爆弾の解体講義してる時と珈琲を飲んでる時は何だか可愛く見えた。やんちゃ盛りの子供みたい。

「全部解体できなくてちょっと残念。2人をぎゃふんと言わせたかったのに」

「言ってやろうか?」

「いいよ、なんか余計悔しい」

「まあ気にすんな。本業でもねぇあんたが解体できたら俺たちの活躍の場がなくなっちまうからな」

「そうそう。もしなまえちゃんが解体出来なくても俺たちが助けてあげるから安心して」

ぽん、と二つの大きい手が頭に乗せられる。その言葉に小さく頷くしか出来なかった。とても大事な常連であることは今もこれからもその先だって、ずっと変わらない。人よりも危険に接することが多くより死に近い位置に身を置いていても、諦めそうになってもここを思い出して最後まで生を足掻いてほしい。ここを思い出すことが、彼らの中で生きるという選択肢を選ぶ原動力になるのなら、私はいつだってこのお店を開けて待っている。
2人の手の上に自分の手を置いて、えへへと笑う。

「危ない仕事だろうけど、私に断りなく居なくならないでね」

「ったりめーだろ」

「なまえちゃんが美味しい珈琲出してくれる限り来るよ」

「うん、約束〜」

木漏れ日の中彼らと交わした指切りは、いつまで有効だろうか。

title by 夜途