果てまで金色にひかっていた



「なまえちゃ〜ん!こっちだよ〜」

待ち合わせ場所に来ると、私に気づいた萩原さんが手を挙げてくれた。その横には気怠けな松田さんもいる。普段はあまり見ない私服姿の二人は中々レアで、スーツを着てないと全然警察官に見えない。道行くお姉さんたちもちらちらと振り返っていた。そうだよね、だのに隣を歩くのはちんちくりんな私で申し訳ない。それはさておき、ちゃんと集合時間の5分前に来たのにすでに二人がいるってどういうこと。私以上に水族館が楽しみなんだろうか。走るにはフレアロングスカートが邪魔なので、最大限の速足で二人に駆け寄る。

「お待たせです。二人とも早いね」

「こればっかりは職業病だな。警察は時間に厳しいからよ」

「俺は楽しみすぎて早く来ちゃったんだけどね」

「私も楽しみ〜イルカに触れるとか何年ぶりだろ」

「俺は初めてだからめっちゃ楽しみ」

「まじか。結構思ってたのと違うってなると思うよ。松田さんは触ったことある?」

「いや、ねぇな」

「そうかそうか。なら私がしっかりリードしてあげよう」

ささ、早く行こうと二人を引っ張った。イケメンを両手に花できるこの状態は、なんだかどこかのお嬢様にでもなったみたい。この前二人でお店に来てくれた時は何事かと思っていたけれど、水族館に行きたいと言われたときは笑ってしまった。日々爆弾を扱う二人が水族館に行くとか想像もできない。というか私を誘わなくても行けるはずだと思ったけれど、確かに男性二人だけで水族館に入るのはちょっと、いやだいぶ勇気が要りそうだ。ここ最近は頻繁にお店を開けてるから休んでも文句は言われないだろうし、普段からお世話になっている二人に何か恩返しもしたかったのでと喜んでその誘いに乗った。そうして3人で連れ立ってきたのは、改修工事のためもうすぐ一時閉館する東都水族館だ。平日のため人もまばらで、イルカショーのチケットも難なく入手。最前列というのだから余計にウキウキである。

「…それにしても楽しみすぎじゃない?」

「そうか?」

「松田さんのそれは完全に花より団子状態だよ」

両手にポップコーンとチュロスを持って席に着いた松田さん。ねえ、知ってる?ここ最前列だから全部濡れちゃうよ。そんな心配をよそに、ん、と差し出されたチュロス。きょとんとしているとぐいっと口に押し当てられる。食えってか。無言でぐいぐいと力を込められるので観念して口を開き、甘い香りを漂わせるそれに噛り付いた。サクサクとした生地とふんわり香るキャラメル。あ、これ新しい珈琲請にいいかも。だいぶ甘いそれを咀嚼しながらふと思ったけど、松田さんって甘いもの苦手じゃなかった?遅れてやってきた萩原さんはたこ焼きとヤキソバを持ってた。だから楽しみすぎだよ二人とも。箸を3本もらってきてくれるあたり、流石は女泣かせの萩原さんである。

「結構混んでたから時間掛かっちゃったよ。あ、そのチュロス半分頂戴〜」

「はいどーぞ。というか、ここ濡れる席だからそんなに買ってきたら水でダメになっちゃうよ」

「んなもん始まる前に全部食えばいいだろ」

「まあそんなんだけど…3人で食べきれる量じゃ…」

「大丈夫大丈夫。俺ら意外と大食いだから」

心配しないで、と笑う萩原さん。その言葉を証明するみたいに、さっき開けたはずのヤキソバが半分くらい消えていた。あれ、チュロスはどうしたの。大食いというかこれは早食いっていうんだ。あんまり早食いだと将来病気になるよ。そんな私の心配をよそに、食べかけのヤキソバと箸を渡されたので、回して食べるということなんだろう。デザートからのメインてこれ如何に。もぐもぐとソースと青のりが香る麺を食べていると横から伸びてきた松田さんの箸が、さらに半分くらい麺をかっさらっていった。えー…バキュームカーじゃないんだから。

「あ、やっべ。飲み物買ってくるの忘れた。松田持ってる?」

「いや、出てから飲むしかねぇか」

「珈琲でよかったら持ってきてるよ。タンブラーだけど」

「さすがなまえ。準備がいいな」

「強請られること分かってたからね。ちょっと待ってて」

「タダでなまえちゃんのコーヒーが飲めるとか最高」

「そりゃ連れてきてもらったんだからこれくらいしないとね。ほい」

少し大きめのタンブラーを渡す。ついでに携帯用のコップも持ってきているので回さなくても飲める。準備がいいだろう、とふふんと胸を張ってみせると、二方向から無言でわしゃわしゃ撫でられた。松田さんも萩原さんも、私を撫でるの好きだよね。頭の形がいいのかしら。開始前にきれいに買ってきたもの全部食べ終えてごみをまとめた後、いそいそと鞄からカメラを取り出した。こんな最前列でイルカとかシャチの表情を見られるなんていい機会である。

「またカメラか」

「うん。お店に飾る写真でも撮れたらいいなと思って」

「え、あれもなまえちゃんが用意してるの?!」

「そうだよ〜性能良い子だからプロ顔負けの写真が撮れるの。因みに防水なので浸るくらい水が飛ばなきゃ大丈夫!」

イルカショーはそれはもうすごかった。どれくらいって言われたら、カメラを持っていることを忘れるくらい。くりくりおめめのイルカが可愛く鳴いて、愛らしい水中ダンスを見せてくれた。もうだめだ、可愛すぎて萌え死ぬ。カマイルカ飼いたい。それからチケット特典であるイルカとの触れ合いを楽しんだ。萩原さんは初めて触れたイルカの感触に、すげぇ、考えてた感触と全然違う、ゴムっぽい!と楽しそうに撫でまわしていたけど、松田さんはちょっとだけ触れて何とも言えない顔をしていた。もしかして見るのはいいけど触れない人だったんだろうか。

「…なんかナスっぽいな」

「あ、分かるかも。こう何とも言えない弾力がある感じが。思ったほど、とぅるとぅるはしてないんだよね」

「いやぁ、でも貴重な体験だよね。松田ももっと触ればいいのに」

「苦手な感触だった?」

「べたべた触るのもかわいそうだろ」

何その理由、可愛い。イルカを触りながら、変なところで優しい松田さんに不覚にもきゅんとしてしまった。それまで大人しくなでられていたキュウキュウと可愛い声で鳴いて、一度水の中へもぐる。ああ、行ってしまった。しょんぼりとしていたら寄ってきた飼育員の人にちょっとかがむように言われ、腰を落として水面から顔を出しているイルカと目を合わせる。キューっと可愛く鳴いたその子はやや勢いをつけて飛び上がると、私の頬にチューをしてくれた。何この子、可愛すぎか。その光景を見ていた二人も、あの字に口を開く。一方、私の頬はゆるっゆるである。

「えへへ〜今の見た?イルカとチューしちゃった。可愛すぎ」

「イルカに奪われてにやにやするとはお目出度いやつだな」

「憐みの目を向けないで。そして萩原さんは何でさめざめ泣いてるの」

「俺のなまえちゃんが…」

「いや、お前のじゃねぇだろ」

冷静な突っ込みを有難う、松田さん。この後はイルカと別れてゆっくり館内を見て回った。他にも焦らされて暴れまわるピラニアの餌やりを萩原さんと楽しんだり(意外にこういう危険作業にノリノリの萩原さん)、なぜかペンギンに付きまとわれる松田さんを笑ったり(本人は苦虫を潰したような顔してた)、中々普段できないような体験ができたように思う。ペンギンと松田さんのツーショットはスマホの待ち受け画面にしようと、萩原さんにも共有しておいた。途端に奪われる携帯。犯人は言わずもがな、松田さんである。

「あ、ちょっと…!返して〜」

「随分ふざけた写真ばっかりじゃねーか」

「いい写真ばっかりの間違いだろ?見てよこの松田。レアすぎ」

「萩原ァ、何楽しんでんだよ!」

「いいじゃん、ペンギンにあそこまで懐かれる人初めて見たよ。役得だよ、松田さん」

「今日全身真っ黒だから仲間と勘違いされたのかもね」

「消す」

「あ!ダメ!萩原さんも一緒に阻止して!」

松田さんは無駄に背が高いから、背伸びをしたって彼が持つスマホに手が届かない。萩原さんに救援を求めると、はいはい、と笑いながら体を持ち上げられた。いわゆる高い高い状態だ。この歳になってやってもらえるとは思ってなかった。確かにこれで手が届くけど、ごめん、なんか思ってたのと違う。待ってたのはそういう援護じゃないよ、松田さんからスマホを取り返してくれたらいいんだよ。

「タイタニックは誰も期待してないよ、萩原さん」

「あはは、ごめんごめん。軽そうだったからつい」

「つい、の意味が分からない…」

「なまえ、どさくさに紛れてセクハラされたら俺に言え。現行犯で逮捕してやるから」

「頼もしいね、松田さん」

松田さんに顔を近づけてこそこそ話しながら、萩原さんへ白い眼を向ける。二人分のその視線を受けて萩原さんが拗ねてしまい、機嫌を元に戻すのに苦労したのは言うまでもない。

「松田となまえちゃんの距離が近くて何か腹立つ」

「そこかよ」

title by ユリ柩