参ったな世界



「ねえ、なまえ…ボクと秀兄、どっちが好き?」

「うん?」

大学受験を控えたある日、勉強の息抜きに喫茶店を訪れた真純ちゃんはカウンター席に着くなりそう言い出した。当然私の頭にはハテナが浮かぶ。説明を求めるように、一緒に来てくれた工藤君を見たんだけど、どうでも良さそうな顔してた。そりゃそうですよね。ねえねえ!と回答を引き出そうとする真純ちゃんを落ち着かせ、とりあえずメニューを渡した。因みにどうも初めましてと挨拶を交わした工藤君は初来店である。

「真純、煩くして店に迷惑をかけるな」

「よっ!赤井妹久しぶり〜」

「君達、こんなところで油を売ってていいのか?」

もう直ぐセンター試験だろう、とぞろぞろとやって来たのは懐かしの3人組。赤井さんと安室さんは相変わらず仲は良くないみたいだけど、油井さんが緩衝材になってるのか結構な頻度で連絡を取り合ってるらしい。それぞれずっと追っていた組織と決着がついたようで、赤井さんなんかはアメリカに帰ったはずなのに何故いるんだろう。まさか休暇取るたびに帰って来てるわけじゃないよね?

「あー…みんな久しぶり?とりあえずカウンター席占領するの止めてもらっていいかな?」

「えー!!せっかく来たのに…ボクはもっとなまえと話したいよ」

「真純ちゃんと工藤君は珈琲出しちゃったし、ここでいいよ。色々積もる話もありそうだしね。3名様はあっちの4人掛けの席に…ってちょっと!聞いて!無言で座らないで!」

「メニューはどこだ?」

「秀兄、なまえは今日ボクと過ごすんだから邪魔しないでよ」

「邪魔はしない。俺はここの珈琲を飲みに来ただけだからな」

だったら奥の席でよくない?そう視線にのせてみたけど、赤井さんはその場から動く気はないようだ。真純ちゃんもまさか邪魔されるとは思っていなかったのか、ちょっと不機嫌そうだ。

「あ、俺はいつものでいいよ〜」

「油井さん、ここで常連っぷりをアピールするほど来てないでしょ」

「俺はメキシコ アルツーラにする」

「…今日は降谷さんモードなのね」

「フルシティローストのコナはあるか?」

「はいはい、ございますよ赤井さん」

もう駄目だこの3人は。何を言っても勝てないし家宅侵入は直らないので、色々諦めることにしている。真純ちゃんは大好きなお兄ちゃんに会えたことを喜びつつ、でも今日はなまえに会いに来たんだと、嬉しいことを言ってくれた。はい、そんな可愛い子にはビスケットをサービスだよ。工藤君は落ち着くまで外野を決め込んだようで鞄からシャーロック・ホームズの原書を取り出していた。流石は世界を股にかける小説家の息子。英語は第二の言語ですか、そうですか。

「それでさっきの話なんだけど、なまえはボクと秀兄のどっちがいいの?」

「ごめん、真純ちゃん。話が見えないから説明してくれると嬉しいな」

「説明するも何もそのままの意味だ。真純がはっきりさせたいと煩くてな」

「だっておかしいじゃん!なまえはあんなに秀兄のこと苦手にしてたのに、いつの間にかボクよりもなまえのこと知ってる!」

「そこは別に競わなくても…」

好きでこの3人とつるんでいたわけではないし、どちらかといえば巻き込まれた結果なんだけど真純ちゃんにとってはどうしても仲良しに見えてしまうらしい。遅れて来た3人にそれぞれ注文を受けた珈琲を出しつつ、不満が顔いっぱいな真純ちゃんに苦笑い。赤井さんが知ってるのは、私の自宅と食生活くらいだよ。

「スリーサイズも知ってるがな」

「おかしいでしょ、何でなん?なあ、ちょい姉さんに理由を聞かしてくれや」

「何で関西弁なの、なまえさん」

関西圏の人が聞いたら怒られるよと言われてしまった。小説を読むふりしてちゃっかり会話は耳に入れている工藤君は実に器用だ。それでも納得しない、むしろスリーサイズ発言をした赤井さんにご立腹の真純ちゃんは、どっちが上か対決しようと訳の分からない提案をした。それにじゃんけんをするというくらいの軽いノリで答えた赤井さん。止めてほしい、切実に。降谷さんは静かに珈琲を飲んでるし、油井さんは何がツボだったのかずっと笑っているしもう誰もこの勝負を止める気がないのは明白だった。

「なまえ、ボクの方が毎日でも会えるよ」

「あー、うん、そうだね。赤井さんは拠点アメリカだもんね」

「日本にすることも可能だ。領事館に移動すればこちらで過ごせる」

「移動しなくていいぞ、赤井。お前がいたら日本が乱れる」

すかさず降谷さんの皮肉が飛ぶ。同じ敵を追って似たような信念の元戦って来たのに、彼らが心を通わせる日は来ないのだろうか。何か計画を練る時は結構仲良さげなのに不思議。ホームズ張りの推理力を誇る二人が協力したらもっと早く色々解決するんじゃないかなと思うのは私の気のせいだろうか。

「酷い言いようだな、降谷君。また油井の件を怒っているのか?」

「ゼロは俺のこと大好きだからな」

「やだ、お二人ってそんな関係だったんですね」

「光!誤解を生む発言は止めろ!」

「うわ、理不尽。じゃあ俺は赤井を応援するかね〜。なまえ、赤井といたら毎日が楽しいぞ」

「危険の間違いでしょ」

私は平和が一番いい。強すぎる刺激はいらないし、ここで何年も変わらず気ままに喫茶店をやっていたい。色んな人が世間の喧騒からここを逃げ場にしてくれているのだから、その役割を全うするのが性に合ってる気もするのだ。それにしても不思議だ。いつもは空気を読んで調和を考える真純ちゃんが、突然あんな質問をしてくるなんて。

「うーん…真純ちゃんはどうしてその質問をしたの?」

「どうしてって」

「私はここに来てくれるお客さんは皆好きだし、誰が一番かは決められないなあ」

「つまりは俺たちもって事だよな、なまえ」

「油井さんはちょっと黙ってもらっていい?降谷さんを見習ってくれると嬉しいな」

「…だって」

「でも喫茶店の店長としてじゃなくて、ただの私として答えるなら、私にとって真純ちゃんはずっと昔からかわいい妹みたいな存在だと思ってるよ」

カウンターを挟んで彼女の前で肘をつき、とびっきりの笑顔を向けたら急に真純ちゃんの目が輝いた。なまえ〜!といって抱き着いてくるあたり、めちゃくちゃ可愛かった小さいころと変わってないなあ。よしよし、と頭を撫でてそろそろ離してもらおうとしたら、中々背中に回った手が外れない。うん?真純ちゃん、喜んでくれるのはうれしいんだけど、お姉さんまだ仕事中なのよ。

「真純、なまえを困らせるな」

そんな真純ちゃんをべりっと剥がしたのはもちろん赤井さんだ。若干目が本気なのが怖い。それ、妹に向ける目じゃないと思うのは私だけかな。キッと赤井さんを見上げた真純ちゃんは、よくわからない技で拘束を解いていた。そうして二人してにらみ合い、両手を構えジークンドーのポーズをとる。え、何でそんなに険悪なムードになってるの。さっきまで私が頑張って収束に向かわせていたというのに。

「ちょっと、降谷さんか油井さんでもいいや、あの二人止めて」

「いいじゃん。兄妹対決なんて面白そうだし」

「加勢するなら世良さんの方だな。その結果赤井が負傷するが構わないか?」

「いや、何で負傷すること前提なの。二人とも公安なんだからもっとネゴシエーション能力発揮してほしいな」

「赤井相手に交渉してもな。あいつが二度と日本の地を踏まないと約束するなら止めてもいい」

「降谷さんは何でそんなに赤井さんに厳しいかな。ちょっと、油井さん!誰も審判なんて頼んでないから!」

降谷さんはあんなの気にするなとお代わりを要求してくるし、いつの間にか二人の間に立ってうまく立ち回り審判を買って出ている油井さんはもう問題外だ。そうだ、ここは役に立たない警察よりも今を時めくもうすぐ大学生な高校生探偵に事件解決をお願いしよう。勢いよく工藤君の方を振り向いたら、おもいっきし顔を小説で隠された。見捨てないで、今は君だけが頼りなんだよ。

「無理だろ。世良も本気だし赤井さんも機嫌悪いし」

「そこを何とか。知恵を貸してくれると嬉しいな。珈琲つけるから」

「知恵って…世良と赤井さんが傷つくような台詞でも言ってみたら?例えば…けんかっ早い人は嫌いだとか」

「成程」

確かにそれは一理あるかもしれない。可愛い真純ちゃんを傷付けてしまうと思うと心苦しいけど、お店が荒らされるのも死活問題である。今は彼ら以外誰もお客さんがいないからいいけど、これから来るお客さんがケガなんてしたら耐えられない。近くにあった広告を丸めてメガフォンを作ると、それを口に当てた。

「これ以上度が過ぎた遊びをするなら出禁にします!争いはものであれ人であれ嫌いでーす」

その瞬間、ぴたりと動作を止めた二人。何事もなかったかのようにいそいそと席に戻り、ぬるくなった珈琲を飲み始めたので効果は絶大だと言えよう。流石は名探偵、これからも使えそうなアドバイスを有難う。眉を下げて大人しくなった真純ちゃんに、大好きなのは昔から変わってないよ、と耳打ちすると、満面の笑みで頷いてくれた。

「さて、ひと段落もついたので追加の珈琲注文する人は選んでね〜」

漸く落ち着きを取り戻した店内に、それぞれ好みの珈琲を注文する声が響く。漸くこのお店の日常を取り戻してほっとした。なんだかんだ皆行儀はいいのだ。やっぱり珈琲を楽しむなら剣呑な雰囲気よりも、こう和やかでなくちゃね。

「世良さん、惜しかったな。もし赤井を国外追放したいときは言ってくれ。協力する」

「ほー…真純は実の兄ではなく降谷君を取るか」

「どっちも取らないよ。ボクはなまえが嫌がることはしない主義だから」

「俺も〜。ところでなまえ、そろそろ警視庁の近くにもう一店舗出してくれない?ここまで来るの遠くてさ」

「私に分身の術が使えたら考えるよ。でも警視庁の近くには出したくない」

「なまえさん、警察に知り合いいっぱいいるもんね」

「ならアメリカはどうだ?金なら貸すぞ」

「赤井さんバンクはちょっと怖いから遠慮しとく」

「いくら秀兄でもなまえは連れて行かせないよ」

「あ、でもアメリカなら俺の父さんも喜ぶだろうけど…どうする?なまえさん」

「…優作さんに会えるのはちょっと心惹かれる…」

「俺とは雲泥の差だな」

「ざまぁみろ、赤井」


title byユリ柩