星が見える場所で
――――――「………俺は兄さんじゃない」
わかってる、そんなことわかってる。
あなたのお兄さん…コードネーム:ロックオン・ストラトス、本名ニール・ディランディは
5年前の国連軍との戦闘で死亡した。
利き目である右目をティエリアを庇って失って、再生治療もしないで戦場へ出て行って、そのまま帰ってこなかった。
帰ってきたのは、四肢を失ったデュナメスと、「ロックオン、ロックオン」と無機質に言い続ける独立型マルチAIのハロだけだった。
彼は、愛されていた。
みんなから頼られる兄貴で、マイスターの中で最年長というのもあり、
なかなかまとまらなかった刹那、ティエリアもまとめ、引っ張っていく存在になっていた。
――――そんな彼を私は、愛していた。
愛とは違うのかもしれない。
家族として好きだったという可能性もある。
けど、当時14歳の私にとって恋は初めてのものだったし、愛かどうかも定かではない。
「君は、強い、強い女の子だ」
両親の命日に泣いていた私を偶然展望室で見つけて、話を聞いてくれたニール。
そう言って彼は頭を撫でてくれて、自分の方に私を引き寄せてくれた。
そのときのぬくもりはいまでも憶えている。
幼くして両親を失った私は、家族の愛情をよく知らない。
彼…ニールも、14歳のときテロで両親と妹を亡くした。そのことをそのとき教えてくれた。
その優しさに惹かれ、私はそれからずっと彼を秘かに想っていた。
だから彼が亡くなったときは涙が止まらなかった。
もうあの大きくて温かい掌で頭を撫でてくれることもないと思うと、すごく切なくて苦しくて、胸が締め付けられた。
あれから5年が経った今、刹那が彼の双子の弟、ライル・ディランディを連れてきた。
“次期”ロックオン・ストラトスとして。
顔、声、背格好、すべてがそっくりで“彼が戻ってきた”……一瞬、一瞬だけ、そう思った。
だけど、中身は全然違った。
彼と彼を比べちゃいけないことぐらい、私にもわかる。
同じ容姿をしていても、血は繋がっていても、別人だ。
ライル自身にもそれによるコンプレックスがあったらしい。
私は、彼の後をこっそりつけていて、
シミュレーションを終えケルディムから出てきた彼に見つかってしまった。
ハロに「フェルト、ロックオンスキ!フェルト、ロックオンスキ!」とばらされてしまい、
「俺は兄さんじゃない」
そう、言われ、「それでもいいって言うんなら、付き合うけど?」
私の返事も聞かずに、キスをされた。
――――――比べるな
口ではなく行動で、そう言われたみたいでそのときは傷ついた。
でもライルはニールではないことをわからせようとしたんだと思う。
一番傷ついたのはライルだよね。
「フェルト、どうした」
ライルを展望室へ呼び出し、今さらながらあのときのことを謝ろうと思った。
「…ライル、あの時はごめん」
「……なんだ、突然。今さらだろ。随分前だ、忘れたと思ってた」
ライルはおどけたようにして言った。
「………忘れようと思ったときもあった。けど、あの時、あなたとニールを比べてしまったこと。
それは絶対にやってはいけないって…今さらながら罪悪感が襲ってきて…忘れることなんて出来なかったの」
ライルは何も言わない。
「だから、ほんとにごめんなさい」
「気にすんなよ。それを言ったら俺のほうが悪かった。…つい、カッとなっちまって」
「いいの、あなたのおかげで私はやっとニールはもういないんだって…自覚できた気がするから」
そう言ってフェルトは少し微笑んだ。
ライルはそんなフェルトを盗み見た。
「ハロが、フェルトは兄さんのことが好きだって言ってたけどよ」
ポツリ、そう口にしたライルの表情は、彼の長い前髪に隠れて見えなかった。
「……正直、少し羨ましく思った」
「…え?」
「俺も、兄さんも、テロで両親と妹を亡くしただろ?それ以来、誰かを好きになるとか、愛するとか、出来なくてさ。
俺は目の前で家族が死ぬのを見た訳じゃないし、兄さんの気持ちもわからねぇけど、大切な人を亡くすことほど、怖いことってねぇと思うんだよな」
「……大切な人」
「…………もちろん、アニューのとき身をもって実感させられたけどな」
しばらくの沈黙の後、ライルが先に口を開いた。
「これ、言っていいのかわかんねぇけど…」
ライルは少しだけ濡れた瞳をこちらに向けた。
フェルトはその瞳をまっすぐに受け止め、「気にしないで、言って」と返す。
フェルトの返事に少しだけ哀しそうな顔をして、ライルは口を開いた。
「兄さんは多分、誰のことも愛さずに…最後まで…ひとりで生きて、ひとりで死のうとしてたんじゃないかって…」
「勘だけど、あの人のことだから、そうやって生きそうでさ。きっと、また失うことが怖いから」
ああ、その気持ちはなんとなくわかるかもしれない。
なんて、フェルトは思った。
「俺はさ、アニューに出会って、愛する喜びも、哀しみも知ったよ。今は、もう吹っ切れたけどな。………忘れたわけじゃねぇけど」
ははは、なんて笑ってみせたライルは、微かに泣いていた。
「ねえライル。私、あなたに出会えてよかった」
唐突な発言に、ライルは「は?」とぎょっとした顔でフェルトを見つめた。
「あなたに出会えなかったら、ずっとずっとニールのこと引きずってたと思うし…」
「…そうか」
ぎょっとしていた彼の顔は、いつの間にか困ったように眉の下がった顔をしていた。
目尻に相変わらず少しだけ溜まっている涙を、フェルトは手を伸ばして拭った。
「っんだよ…びっくりするじゃねえか…」
ふふ、とフェルトが笑うと、少しだけ頬を赤らめたライルが言う。
フェルトは少しだけ、胸の奥があったかくなるのを感じた。
「ありがとう。生きていてくれて。」
思いもよらなかったフェルトの言葉に、驚きながらも心なしか恥ずかしくなったライルは、
フェルトの髪をくしゃっと撫でた。
星が見える場所で