准将と副官
ギャラルホルンの本部から少し外れたところにちいさな飲み屋がある。普段から行きつけではあるが、仕事の都合上と休みの関係で最近は足を運ぶことが出来ていなかった。
そんなある日、マクギリスから「たまには二人で飲んだりしないか?」と誘われ、しかも行きつけやおすすめの店でいいと言われたので、最近行っていなかった此処に足を運ぶことになった。マクギリスのような人には馴染みがないだろうとか、安い酒しか置いていないと思われるかと思ったが、彼の反応は意外だった。
 「こういうところは落ち着くな」
ぽつりと言うもんだから、思わず目を見開いてマクギリスのことを凝視してしまった。予想外だったのだ。
 「それなら良かったです。正直、お気に召さないのではと思いましたので」
 「まさか」
 そんなこんなで何故かもうすでにビールを三本ほど開けている。彼はシャンパンとかワインが似合うのに、石動と同じ安めのビールを一緒に飲んでいた。不思議な人だ。

***

 二時間ぐらい経過した頃、必然と酔いが回ってきた。もともとお酒がもの凄く強いわけではないし、飲んだのも久しぶりだったからだろうか。昼間の任務の疲れも祟って、頭がぼーっとしてくる。しかし准将の前だ、寝てはならぬ。どうにか必死に目をこじ開けていることを知ってか知らずか、不意にマクギリスは口を開いた。
 「……石動は、なぜ私について来ようと思った?」
 儚さを含んだ声音だった。彼も少し酔っているのだろうか。普段ならば絶対に口にしそうもない台詞を言う。
 「……夢を見られるからです」
 そんな彼に訳のわからない返答をする。自分でも何を言っているのかわからない。やはりかなり酔っているようだ。
 「……夢?」
 「はい、夢です。准将は、私のような人間でも傍に置いて下さる。能力と実力があるとわかれば出世も出来るのだと、それを教えて下さった。今までのギャラルホルンにはそれがありませんでしたので」
 続きを紡ごうとしたが、うまく言葉が見つからない。
 マクギリスはこちらに視線を向けている。少々顔が赤くなっているあたり、酔っていないわけではなさそうだった。手元のグラスを見つめながら、石動は思いを巡らせる。そうだ、マクギリスに出会うまでの人生は地獄のようだった。生まれで差別を繰り返され、どんなに成績を残しても出世など出来ない世界。先の見えぬ真っ暗な日常に飽きていた頃、マクギリスと出会って、そして、副官に任命された。雲の上の人だと思っていたのに、気が付けばお守りする立場になっていた。素直に嬉しかった。やっと、自分の実力を認めてもらえた、と。
 「……そうか」
 互いに次の言葉を探すのに夢中で、無言になった。周りの客の話し声や、楽しそうな笑い声だけが二人の間に流れる。もともと、二人ともお喋りなわけではない。特に石動は。
 「……早く、実現するといいですね」
 どうしてかわからないけれど、そんなふわふわした言葉がぽろりとこぼれた。自分に似合わない言葉だ。違和感を覚えつつも、グラスに残ったビールを一気にあおる。冷たい感覚が喉を伝う――――と同時に、テーブルにひと粒、雫が落ちた。
 「石動、どうして泣く?」
 私が泣いている?最初は一切の自覚がないまま次々と零れ落ちる涙が止まらなくなった頃、感情が一気に押し寄せてきた。
 「わかりません、でも、私は悔しいのです」
 「……悔しい?」
 「……はい。准将のお考えが理解されないこと、実力のあるものが上に立つことが出来ないこの世界が」
 柄にもなく涙が止まらない。自分は泣き上戸だったか、と内心苦笑する。
 「私も准将に出会う前は、実力がなくとも後ろ盾のある上官の元におりました。しかし何せ実力がないのです。意味のないことを繰り返したり、金や権力に溺れ、汚職だらけでした。所詮はそのようなものだと、私は半ば諦めておりました。不正も見て見ぬふりをし、出来る限り反感を買わぬよう、顔色を窺いながら生きることは疲れます。とても馬鹿らしい」
 マクギリスは真剣な顔で石動を見る。いつの間にか頼まれていた瓶ビールを開け、彼にお酌をしようとそれを掴む。視界は涙のせいかぐにゃぐにゃに歪んでいた。
 「しかし准将は、それをお求めにならない。私を傍に置いて下さっているのは、私の実力を認めてくださっているからでしょう」
 コツン、とグラスに瓶の口が当たってしまった。慌てて謝ったがマクギリスの思考はそれどころではなさそうで、彼はにやりと笑った。
 「そうかもしれないな」
 とても嬉しそうに口角を上げる彼を見るのは初めてで、石動は乱れた自分の前髪を直しながら目を見開いた。尚も涙は溢れ続けて、明日は目が腫れてしまいそうだ。
 「それなら、また、私がこの手に世界を掴むまで、お前はついてきてくれるか」
 ぐっと拳を握り締め、石動に向かってそう言う。
 「当然です。この目で見届けるまで死んでなどいられません」
 「そうか。頼もしいな」
 「はい」
 またもう一度グラスを彩るビールを飲み干した。普段から彼に感傷的な関係を求めていないはずが、今夜は感傷的な時間を過ごしてしまった。申し訳ないと思いつつ、酔った勢いで本音を話すことが出来たことを悪いことだとは思わなかった。



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