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ばっかじゃないの。
先日マクギリスが提案した旅行の件───石動と“ふたりで”出掛けてはどうかと言っていた件だ。
嬉しいような、うるさいような。本心では悪くないと思いつつも、とんだ世話焼きだなと呆れ返ったりもした。
「そりゃ、ふたりで……」
行きたい気持ちがないといえば嘘になる。
けれど付き合っているわけじゃない。だから余計、だ。余計マクギリスの軽率な発言に苛立つのだ。
ばかやろう、私ばかりこんなに悩んでかなしい。石動はなんとも思っていないのかな、と考える。
好きだよ、ほんとうに好きだ、心から好きだと言える。それくらい彼の存在は大きい。
今度あのブルーグレイの瞳に見つめられたら耐えられる自信が無い。それくらい私の想いばかり募って、破裂したらくちびるの先からこぼれてしまいそう。
……こぼれたら、こぼれたらなんて言うだろう。軽蔑されるだろうか、何を言っているんだ、と馬鹿にされるだろうか。いやしかし、彼はそんなことを言うような人じゃないこともわかっている。あの人のやさしさは、私を安心させるから。
だから一緒にいたいと思うんだ。
結局仕事中もそんなことばかり考えてしまって、ろくに手につかなかった。大問題だ。
思考をフルに働かせていたせいか、とても疲れてしまった。眠いな。
うとうとし始めた私をよそに、マナーモードを解除してあったスマートフォンは大音量で着信を知らせた。
半分くらい眠りの世界へ入りながらも私は画面に表示される「通話」ボタンを押した。
「もしもし、」
「……夜分にすみません、」
ろくに画面を確認しなかったのを後悔した。なんというタイミングで掛けてくる人なんだろう。見られていたかのようなタイミングだ。
「……石動?」
恐る恐る名前を呼んでみる。すると、電話の向こうでほんの少し笑ったのがわかった。
「はい、私です。もしかして眠っていましたか?」
「ふふ」
図星だ。どうしてわかるんだろう、この人は。
思わず笑いがこみ上げてきてしまった。
「その反応は、当たりですか?」
「……はい、当たりです。うとうとしてしまっていて。どうしてわかったんですか?」
「何故でしょうか。何だかいつもより声が少し低いので」
「やだ、恥ずかしいです」
声が聞けたことが嬉しくって笑顔が止まらない。
今最高ににやけているだろうな、と思った。
この低い声がとても好きだ。落ち着くから。寝る前に聞きたい声だ、彼の声は。
「ところで、どうしたんですか?」
思い出したように本題を問うた。
「……いや、特に要件はありませんが」
「え?」
「ただ、星が綺麗なんです。外を見てください」
言われるがままに私は立ち上がり、カーテンを開けて、窓を開けてベランダへ出た。
昼間は暑くても夜は比較的涼しい。まだ湿気を帯びていない乾いた風が頬を撫でた。
「……ほんとだ」
無意識に呟いて夢中になって空を眺める。街灯や建物から発せられる光があるにも関わらず、思っていたよりたくさんの星を見ることが出来た。あそこに見えるのは、夏の大三角だろうか。
「ルネに見てもらいたかったんだ」
電話越しなのに、彼が微笑んでいるであろうことがわかった。それを想像したら、いたたまれなくなった。隣で見つめたい。そんな図々しい考えすら浮かんで。
「……会いたい、です」
気づいたときには言っていた。言ってしまった。
それに気づいた途端、心臓が激しく脈打ち、顔全体が熱くなった。どうしよう、困らせてしまう。
焦った、
慌てた、
咄嗟に訂正しようと言葉を紡ぐが、言ってしまったものは取り消すことが出来ない。
「すみません、何でもないです!気にしないでくださいね」
「……私も、ルネに会いたい」
しかし、彼の返答は予想を裏切るもので、一瞬自分の耳を疑った。
「え……、い、石動?」
「明日の夜、空いていますか?」
幻のような、現実。
断る理由なんてどこにもない。だから、即答した。
「もちろん」
「会いましょう、そして、星を見ましょう」
嬉しいよ、ほんとうに嬉しい。
馬鹿みたいに喜んでやる。
「わかりました、楽しみにしてます」
「ありがとうございます。……声を聴けてよかった。では、おやすみなさい、また明日。お迎えに上がります」
「こちらこそ。よろしくお願いしますね。……おやすみなさい」
お互い告げて電話を切った。それにしてもまさか電話が掛かってくるとは思わなかった。
何だか珍しく今日は彼がよく喋ってくれたような気がする。
……というか、ちゃっかり明日会う約束をしてしまったことで、胸の高鳴りと心臓の音が治まらない。思わず口元が緩んだ。
早く明日の夜にならないかな。
考えるだけで幸せだった。