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1日なんてあっという間だった。
気がついたら夕方になっていたし、仕事だったこともあり時間が過ぎるのが早く感じた。
帰宅してシャワーを浴びて化粧をし直し、約束の時間をドキドキしながら待つ。完全に暗くなってからの方がいいだろうという彼の提案で、時間は少し遅めに設定したのだ。
いつもそうだが、彼は必ず迎えに来てくれるし、帰りはちゃんとここまで送ってくれる。ひとつひとつが丁寧で、そういう所にも好感が持てた。きっちりしている彼のことだからそれもわかる気がして、そんなところも好きだ、と思う。

約束の時間を迎えると石動はやって来て、ドアを開けると微かに彼の口角が上がった。

「こんばんは」

「こんばんは、お仕事お疲れ様です」

「ルネこそ」

行きましょうか、と呟いて電気を消して、靴を履いて外に出る。鍵を閉めて石動の方を向けばふたりして歩き出す。
天気が良くて、よかった。
お互い夕食はまだだったので最寄りのファミレスに入って済ませ、そこからまた歩き出す。何駅か電車に乗って、少し山の方へ向かう。確かにその方が星は綺麗だろう。

「明日は、お休みですか?」

「っ、はい」

唐突にそんなことを聞かれて、特におかしなことでもないのにちょっぴり動揺した。

「なら、少し遅くなってしまっても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですけど、石動は?」

「私も休みですので」

こちらを向いて微笑んだらしい彼の顔は暗闇であまり見えなかった。けど、少しでも時間を気にしなくていいのなら、その方がいい。

もう何度目かのふたりきりのデートのような時間。このまま、ずっといられたら。ほんの少しだけそんなふうに思った。

気がつくと展望台のようなところにいた。道中なかなか暗い上に険しく登る山道だったが、わりと人通りがあるということは恐らくデートスポットみたいなものだろう。恋人ではない私たちが恋人たちに囲まれている。周りの人はほとんどがカップルだった。

「きれいー!」

高台から見る夜景は美しかった。今まで見たどれよりも比べ物にならないくらい、光り輝く街。それと対比するように真っ暗な空には、たくさんの星が浮かんでいた。

「ここが好きで」

石動が呟く。以前来たことがあるのだろう。もしかしたら前の彼女さんかもしれない、そんな思いが過ぎってちくりと胸が痛んだ。
何を考えているんだか。今はふたりきりなのだ、そっちに集中しろ、と言い聞かせて隣を見る。すると同じタイミングで彼もこちらを向いたので目が合ってしまってドキリとした。

「あ、ごめんなさい、」

「何故?」

「いや、何となく……」

すぐに逸らしてしまうと、「……こちらを向いてください」と静かに彼は言う。それに応えるべくもう一度石動の目を見つめるようにゆっくりと視線を動かすと、彼の大きな手のひらが伸びてきて、私の頬に触れた。

「い、石動?」

「そろそろ敬語を使うのはやめにしませんか?」

「え、」

突然変わった彼の声音、雰囲気。今まで纏っていたふわふわとしたやさしい感じがすっと消えて、真剣なまなざしで石動は私を見る。

「はっきりさせたいと思った、君との関係を、だ」

「はっきり……」

「……そうだ。だからそれを伝えるべくここへ来た」

どくん、どくん。
鼓動が早く、そして大きな音を立てる。一体何を言われるのだろうか、はっきりさせるって、どういう事なんだろうか。緊張しているのか、手も足も震えた。

「そんなに緊張しなくていい」

伝わってしまったのか石動が再び柔らかく笑う。伸びている手のひらはやさしく頬をまぜて、安心させるように撫でる。顔がひきつっていたのか、彼はもう片方の手のひらも私に向かって伸ばした。

「初めてふたりで飲んだときも、先日映画を観たときも、話すたびに惹かれていった」

「……私?」

「ああ。君といると落ち着くし、同じ時間を共有することがなんの苦痛でもない。むしろ共にいたいとすら感じる」

ここまできてさすがの私でも何を言われるか察した。思わず涙腺が緩む。鼻の奥がつんとする。
尚もまだ頬を覆う大きな手のひらの上に自身の手のひらも重ねて、今度こそしっかりと石動を見た。

「ルネが好きだ」

ふわりと風が吹いて、互いの髪を揺らした。
信じられなかった。何が起きているのかわからず、何度も何度も瞬きを繰り返しながら彼の顔を見つめる。夢、じゃないよね?現実だよね?そんなふうに考えるうち、石動がいたたまれなくなったのか首を傾げた。

「……ルネ?」

「あっ、はい、その、私なんかで良ければ……」

次第に見つめるのも恥ずかしくなってきて下を向いた。すると彼の手はするりと私の頬からすり抜けて髪へ触れて、やさしく撫でてくれる。その仕草にまた胸の奥がくすぐったくなって、衝動的に彼の服の裾を摘んだ。

「もちろんだ。むしろこちらが、私で良いのか?と問いたい」

「当たり前です……、私、今まで石動みたいな素敵な男性に出会ったことがないから……嬉しくて……ちょっとびっくりしてる」

何だかおかしくて笑い声を上げると今度は石動が屈んで私と目線を合わせた。不意に覗いたブルーグレイの瞳……それがあまりにも綺麗で透き通っていて吸い込まれそうだった。敬語を使わずに話すのもどことなく意識していかなければと思い、少しずつやめてみる。

「……ありがとう、素敵とは、私には勿体ない」

「どうして?本当に素敵だと思う。……というか、単に私の好みだったのかもしれないけれど」

ふふ、と笑って返すと石動も微笑んだ。
やさしい瞳だ。改めて感じた。
お互い自然と身体の向きを再び景色の方へと向ける。私は石動の服の裾を摘んでいた指をこっそり離して、そっと彼の指に触れさせた。すると彼もそれに応えるように私の指に触れて、そのまま手のひらをきゅっと握った。大きな手のひらは私の手をすっぽりと包み込んでしまう。伝わる熱が溶け合い、ドキドキする。

「私もね、ずっと石動のことが好きなの……そうじゃなきゃ、あの日もあんなに酔わなかったろうし、その、おんぶしてもらって、抱きついたりしなかったと思うし……」

思い出すと耳に熱が集まる。あの日は酔いが回っていたのもあり、妙に大胆だった自分。けど、きっとずっと忘れないだろう、彼の温かくて広い背中を。

「……あの日は、少し驚いた。しかし私もその時は既に君のことが気になっていたからな……でなければ、おぶったりなどしない」

手のひらを握る力が強まって、ちら、と石動がこちらに視線を寄越した。私はそれに気づいたが、気づいてないふりをしてなんとなく視線を合わさず、真っ直ぐに前を向いてきらきらと輝く星を眺めていた。
なぜかと言えば、今目を合わせたら蒸発してしまいそうなくらい顔が熱いから、だ。






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a love potion