14
「ふたりでこんなふうにご飯食べてると、なんだか夫婦みたい」
特に意味もなく感じて呟いた。
向かいに座ってご飯を食べる石動が、それを聞いて顔を上げて目を瞬いて、すぐに微笑んだ。
「悪くない」
「ならよかった」
いつもと変わらず簡単なものしか作っていないのに石動は褒めてくれた。美味しい、と。
例え気をつかってくれていたとしても嬉しいものだった。
辺りはすっかり暗くなっていて、もう夜だった。
食べ終わるなり片付けを手伝ってくれたり、本当にやさしい人だ。家族にそういう異性が居なかったので新鮮で、逆に申し訳なく感じるくらい。
「夢かと思った」
隣に座る石動はほんの少し照れくさそうに苦笑しながら突然そんなことを言う。
そんな彼はそっと私と指を絡めた。
「でも夢じゃないみたい、ね」
「ルネに好きだと言って、今まで、とても現実とは思えない……」
「私も思うよ、それ」
微笑み返して絡まった指をきゅっと強くする。
未だに彼と想いが通じ合ったことが信じられないような気がするが、確かに彼は私の隣にいる。前よりももっとしっかりと私を見据えて、やさしい瞳を向けて、私の名前を呼んでくれる。
ふたりでリビングのテーブルに並べたコーヒーを少しずつ飲みながら、石動は私を見つめる。
「……どうしたの?」
「いや、」
触れていない方の手を伸ばして私の髪をまぜた。くすぐったくて目を瞑る。しばらくされるがままになっていれば、ふわりと彼の匂いが掠めた。
パッと反射的に目を開けると、本当に目の前に石動の顔があり、思わず心臓が跳ねた。
一瞬の間の後、頬に温もりを感じたと思えばそれは、彼からのキスだった。
愛しい。そう思ったとき、あまりの距離の近さに息を呑む。心拍数が上昇し、彼の髪に手を伸ばす。そんなに近くで見られたら恥ずかしい。
「今日は突然来たというのに、ありがとう」
低い声で石動は言う。
もう一度柔らかく笑って見せ、今度は額にキスを落とし、離れた。
「あまり遅くなってしまうわけにもいかない」
時計を見ると夜が深くなってきていた。
さみしいと思ったが、きっとまたすぐに会うことは出来るから。
「こちらこそ、来てくれてありがとね」
石動の目を見て伝える。どことなくさみしげな色だ。私は彼のことをそんなに好きなのかと、ふと思った。
玄関まで来て靴を履く。
振り返った石動に、「気をつけて」と告げる。今日があまりにも幸せな時間で、彼が帰ってしまうとまたひとりだ。
そんな私の表情を汲み取ったのか、両頬を両手で優しく撫でられる。大きな手のひらに安心した途端、くちびるにふわりとした感触、そして温もりを感じ目を閉じた。
くちびるへのキスだった。不意打ちだった。
帰り際にこんなの、ずるいと思った。
「いするぎ……」
「また、明日」
「……うん、おやすみ」
「おやすみ」
軽く頭を撫でると彼は扉を開けて外へ出ていった。一瞬、状況が呑み込めずに立ち尽くしてしまい、慌てて外へ出て彼の背中を見つめた。
柔らかな茶髪が揺れるのさえ愛しく、その後ろ姿ならいつまでも見つめていられると思った。