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「ルネさん、仕事手についてませんけど、大丈夫です?」
声を掛けられて我に返る。
ハッとなって隣の声の主に目を向けると、やさしく微笑みながらこちらを見ていた。
「ヤマギくん……」
「何かあったんですか?もしかして、彼氏さん?」
「なんでわかるの」
「そりゃまあ、他に考えられませんから」
片目を隠すほど長い前髪から覗く、大きなブルーの瞳が細められる。柔らかい表情を浮かべながら話しかけてきたのはデスクが隣のヤマギくん。職場の後輩で、その纏うふんわりとした空気から、女子会にも混ざれるほど女性にも頼られているらしい。しかしその理由はよく知らない。
「良い事ですか?悪い事ですか?」
「……とっても良い事」
「それなら、特に聞くこともなさそうですけど」
「いや、でも、聞いてほしい……話したい!」
「ルネさんの惚気を?」
「うん!聞いてやって!」
くすりと笑うヤマギに、半ば押しつけのような形で私は話し出す。だってどうしても聞いてほしい。昨日の石動の、こと。
「年上の彼氏さんでしたっけ?どうやらイケメンの」
「そうそう!でもどちらかと言えばハンサム」
「……そうですか。で、本題は?」
「うーんとね、」
話し始めると長くなるような。だけども、昨日のあれは反則だ。あのあと、くらくらしてしばらくどうしようもなくなったんだから。この気持ちの捌け口がないから、誰かに話したい。
「羨ましいな。僕もそういう恋がしたい」
「そういえば、ヤマギくんお相手は?」
「……好きな人はいますよ。ただ、僕のことをどんなふうに思っているかまでは……、」
しばらく一方的に話して、私の息が切れたあたりでヤマギはぽつり、零した。ただ、その後に紡いだ言葉は、少し彼への配慮が足りなかったように思い後悔した。
短く返事をして、笑顔で返した。
根拠も保証もないが、きっとうまくいくよと言うしかなかった。というより、他に丁度いい言葉が見つからなかったからそう言ってしまった。少し前の、自分に似ているような気がしたから。
***
「なんだ」
スマートフォンが振動して目が覚めた。着信だ。
「相変わらずの電話応対だな、マクギリス」
「今丁度寝ていたところだ、私の寝起きは悪いぞ」
「ああ、知っている」
電話の向こうのガエリオはいつもと変わらず呑気だった。いつも何も用がない癖に電話を掛けてくる、マメな男だ。
「今日は何の用だ?」
「あー、この間な、お前の幼馴染みのルネちゃんって子に会ったんだがな」
「……ああ」
何だか嫌な予感がした。
「あの子、彼氏とかいるのか?」
「……何故?」
「いや、可愛い子だと思ってな」
やはり。悪い予感はこうも当たる。いちばん避けたかったパターンだったが。
「この間好きな子がいるって言ってたのはどうした?」
「ああ、なんだか脈ナシな感じだからな……」
「ちゃんとアピールしてるのか?」
「むっ、そりゃ、それなりにはなあ、」
本当に面倒くさい奴だ。しかし、何があっても彼女にガエリオを近づけたくはない。それにあいつには、石動がいる。
「ルネには恋人がいる。お前に入る隙はないさ」
そう言ってみると、「そうなのかあ〜」と残念がる声が聞こえた。
「でも少し、諦めるには惜しい。一度会っただけだが、とても惹かれる」
「……やめておいた方がいいぞ」
尚も諦めそうにないガエリオに、どうしようかとマクギリスは思考を巡らせた。このまま、諦めなさそうであれば……。