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「フラれた」

そう言うわりには、あまり落ち込んでいないような様子がマクギリスには不思議だった。

「誰に?」

「ジュリエッタ」

「以前気になると言っていた女の子か?」

「ああ、そうだ」

落ち込む、と言うよりか、不貞腐れている、が正しいような気がした。ガエリオはテーブルに頬杖をついて窓の外を見つめながら、眉間に皺を寄せて話す。

「『恋愛とかめんどくさいです。貴方より肉の方が好きです』と言われた。おれは肉に負けた訳だ。まあ元から脈ナシだと分かっていたが、こんな屈辱はない……」

「それは残念だな。もっと魅力的になれるように頑張りたまえ」

マクギリスは敢えておちゃらけてみせた。そうでもしないとやっていける気がしなかった。だいたい、肉と比較される意味もわからないし、彼女の思考も理解しかねるが、そんな女性を好きになるガエリオのことも理解できない。

「ふざけているのか、お前は」

「私は至って真面目だ」

「これ以上どう魅力的になれと言うんだ」

「自分でそう言ってしまうところは直した方がいいんじゃないのか?」

「はあ?お前な……」

実に興味のない話を聞かされるこっちの身にもなってほしい、とマクギリスは思った。今日は恋愛相談など乗る気分ではないのに、ガエリオは突如家に来てマクギリスを叩き起してまでこの話をし始めたのだ。ただでさえ鈍っている思考も、こんな話では働きもしない。

「お前は彼女のどこが好きで告白しようと思ったんだ?」

「……言ってなかったか?」

「聞いていない」

「そうか!」

ころっと表情を変えて嬉しそうに答えるガエリオに、バレない程度に苦笑いをこぼしたマクギリスは、前髪を弄りながら窓の外を見つめる。

「まず元気なところだな!あとは真っ直ぐなところ!あとは〜……」

ガエリオらしい。そう思いマクギリスはもう一度視線を彼に戻した。
何も闇を抱えていない人間は、闇を抱えていなそうな人を好きになるものなのか。話を聞いて先ず思ったことはそれだった。そもそも闇を抱えていない人間のことが理解できないマクギリスにとっては、明るすぎる人間は苦手であったし、そういう人間は大抵無遠慮な部分があるので、近づくことすら嫌だった。
しかし目の前の彼も、どちらかと言えばそのタイプで、今まさに聞いている話はこれに当てはまるだろう。明るい者同士仲良くやる分には構わないが、それを押し付けてくるのは違うだろうとマクギリスは思う。かといってガエリオが大嫌いかと言われれば、そんなことはない。友には変わりないし、鬱陶しさは多少あったとしても、唯一くだらない話をできる仲でもある。ルネを除けば、だが。

「それで。どうするつもりなんだ?」

「おれか?そうだな……、新しい恋を探すつもりだ!」

「……まさか、」

「それで、だ。ルネちゃんとゆっくり話してみたいんだがなあ」

マクギリスは、己の中の何かがプツンと音を立てて切れるのがわかった。穏やかな表情を浮かべるガエリオとは対照に、眉間にぐっと皺が寄り、険しい表情になっていく自覚があった。

「ガエリオ」

こちらを見たガエリオが、まずい、といったような顔をするのがわかる。が、原因を作ったのは、おまえだ。

「ルネにだけは手を出すな、と言ったのを忘れたか?」

一段と低い声が出た。

「彼女には石動がいると言っただろう。それとも、忘れたのか?」

マクギリスは、内側から込み上げる怒りを、とうとう抑えきれなかった。





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a love potion