06


「遅いぞマクギリス!」

「時間には遅れていない」

ある休日、マクギリスは幼馴染みで腐れ縁のガエリオと会っていた。彼は自分のペースで物事を進めていく癖があるので、足を救われるとなかなか面倒くさい。

「それで、今日聞いてほしい話とはなんだ」

テーブルにつきコーヒーを注文してマクギリスはガエリオに問う。今日の本題はこれ。ガエリオがマクギリスになにやら話があるとかでわざわざ呼びつけてきたのだった。

「むっ、何だか面倒くさそうだな」

「察してくれたなら話が早い。早急に頼む」

「お前なあ……」

目を細めて呆れ顔をするガエリオが頬杖をついてマクギリスを見る。しばらく沈黙して、はあ、とガエリオが溜息をついた頃、テーブルに二人分のコーヒーが並んだ。

「早く本題を」

「……ああ、そうだな」

「珍しく歯切れが悪いな。まさか好きな女でもできたか?」

「なっ……!」

適当に言ってみたはいいが、どうやら図星だったらしい。目の前の男は耳まで赤く染めて、なんと初々しい反応をしているのだ。全くもっていつまでもピュアなガエリオをマクギリスは心底羨ましいと思った。

「当たりか。で、私に何を聞いてほしいんだ」

「……いや、どうすべきかと思ってな」

「何を?」

「距離の縮め方がわからん」

「そんなもの私が知るか」

「お前は相変わらず冷たいな!」

コーヒーを飲もうとカップを手にしたガエリオが嘆く。その彼の前にあるカップからは白い湯気が上っているせいで熱かったらしく、バツが悪そうにカッコ悪くそれをテーブルに置くと、窓の外を見て言う。

「しかし、恋ってのはいいなあ。毎日が楽しくて仕方ないさ」

「……そうか」

「お前はどうなんだ?好きな奴は?」

低く頷いたマクギリスは、話を振られて心の奥底でほんの少し動揺した。もちろん、それを彼に悟られることは絶対にないのだが。
口をつけたカップを置いてひとことだけ紡ぐ。

「さあな」

その返事にどうやら彼は納得がいかなかったらしい。

「いい加減素直になってみたらどうなんだ?」

半分おどけたように言うガエリオ。
別に嫌いなわけではないが、そうやって簡単に人の心に踏み入ってくるところが稀に癪に障った。

「……考えておくさ」

だからもうこの話を終わらせたい一心で、マクギリスは表情を変えずに曖昧に返事をした。




***




目が覚めたら昼だった。
ぼうっとしていた頭が、少しずつ覚醒していくと同時に昨夜のことをふと思い出し、みるみるうちに気恥ずかしくなって飛び起きた。
石動と飲みに行って、帰りに何をやらかしたか?酔っていたので記憶が断片的にしか残っていないが、盛大にやらかしてしまったような。
ベッドサイドに置いてあるスマートフォンに手を伸ばして画面をつけると、石動からのメッセージが一件入っていた。

『おはようございます。昨日はありがとうございました。よく眠れましたか?今日はゆっくり休んで下さい』

簡素なメッセージだが、彼なりの気遣いが伺えて胸の奥が熱くなった。好きだなあ、とも思った。

起き上がって、身なりを整えたくらいでやっと脳が正常に働いてくれたので、彼に返事を送った。遅くなってごめんなさい、とひとことを添えて。

髪を束ねて、ブランチを食べて、残りの半日をごろごろ過ごそうと思っていたところにまたメッセージが届いた。しかもそれは、また会おう、というようなもので、想定外すぎて思わずスマートフォンをほっぽり投げてしまった。

完全に距離が縮んでいる。
そして、彼もそれなりに私に好意があるであろうということも。自惚れているわけではないが、そう思ってもいいかな、というくらい。
少しくらい期待しても良さそうだ。昨日の感じからすると、好意的に見てくれているようでもある。
嬉しいな。

その後もしばらく連絡を続けて、なんとなくふわふわとした思考の中で暮らした。毎日が楽しくて、顔にも出ていたのか「楽しそうだな」とマクギリスにも言われた。だって石動とこんなにも話すことが出来る。

「むしろまだ付き合っていないのか、というくらいなんだが」

「……そりゃ、タイミングってもんがあるし」

「まあ、それもそうだな」

今日はマクギリスと出掛けている。滅多にないことなので珍しくて何だかおかしい。いつも進んで外に出るタイプではないのを知っているから、人混みに紛れて歩くマクギリスを見ると変な感じがした。

「ところで、どうして今日は外出しようと思ったの?」

「気晴らしだ。面倒なことがあったのさ」

「あー、あの、例の、騒がしい幼馴染みさん?だっけ?」

「察しがいいな」

にやりと笑う、身長が2メートルもある金髪の美丈夫と肩を並べて歩いていれば、すれ違う人が目を見張るのも無理はない。何せ、背が高すぎる。それに、この目鼻立ちの良さ。造形がいいとでも言おうか。こんな奴に口説かれたら大概の女の子は恋に落ちるであろう。

「好きな子でもできたんだ?」

「あいつはな」

「マクギリスくんは?」

「それは秘密だ」

「なんでよ」

つん、と脇腹をつつくとほんの少しだけカッコ悪く身震いをしてから私を軽く睨む。怖、と思った瞬間に向こうから歩いてきた人にぶつかりそうになって慌てて避けた。

「さて、今日は服を買いに来たんだ、付き合ってもらうぞ」

「はーい」

返事をして、彼の好きなブランドの店に足を踏み入れると、長い買い物はそこから始まった。





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a love potion