07
今、とても心拍数が上がっている。
こんなに、こんなに近いなんて聞いてない!そう思いつつ、緊張しつつ、内心とても嬉しい、そんな状況だ。
事の発端は、自分でうまくネックレスをすることができなかったこと。長くしている髪を巻き込んだり、噛み合わせが上手くいかず苦戦していたら、それを見かねて石動がつけてくれたのだった。
ところでどうしてそんなところに彼が遭遇したかというと、今日はなんとふたりきりで出掛けることになっていて、そのお迎えに来てくれるという、何とも申し訳ないことをしてくれたのだ。そしてそこで、支度は終わっているというのに、ネックレスを上手くすることが出来ず、苦戦している私に彼が遭遇したのだった。
「はまりました」
一言だけ告げて離れた石動は、いつもと変わらぬ無表情ぎみの顔をこちらに向けていて、ドキドキしているのは私だけなのか、と心なしか悔しさを覚えた。
「ありがとう、ございます」
「構いません。では、行きましょうか?」
少し微笑んだ石動に、また胸が熱くなる。
戸締りをしっかりとして、エントランスを出て、隣同士、僅かに間を開けて並んで歩く。今日は日差しが比較的強い。もう五月も終わろうとしている。半年なんて、きっとあっという間だ。
この頃は繁盛期でもなく、仕事に追われることもない穏やかな日々を過ごしていた。だからこそ彼に会う余裕もあったし、何よりも会いたかった。……付き合っている訳ではないけれど。けど、石動もご飯に誘ってくれたり、飲みに行きませんかと言ってくれたりしたので最近はなかなかの頻度で彼に会うことが出来ていた。今日だって、誘ってくれたのは石動の方だ。
「観たい映画があると言ってしまいましたが、本当に良いのですか?」
「もちろんいいですよ!私も気になっていて」
「そうですか……それならよかった」
口数の少ない彼との無言の時間はもう慣れた。むしろ、それが好きだった。ひっきりなしに喋っているというのも疲れてしまうから、これくらいが心地いい。
歩くペースも揃えてくれて、たまにこちらの様子を伺いながら彼は小さく笑う。
「ネックレス、似合っています」
「へっ?」
突然何を言うかと思えば。
思わず変な声が出た上に、石動の方を向くと彼は彼でこちらを覗き込むようにして見ていたので、恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
「あ、ありがとうございます……!星、好きなんです。気づいたら手に取っていて」
「そうですか、覚えておきます」
相変わらず淡白な返事で返す石動だが、その言葉は少し聞き捨てならず、再度顔を上げて彼の横顔を見つめた。目が合わなくて、よかったと思ったり。
特に意味もなく言ったことだったが、まさか“覚えておきます”と返されるとは。
「そろそろ着きます」
気づけばすぐそこに映画館があった。そう近くもないはずが、あっという間だった。
映画館の中は少し混雑していて、逸れないようにそっと彼の服の裾をつまんだ。バレないくらいに。
***
「あれ、君……石動じゃないか!」
映画を見終えて、ランチにでも行こうかと話していた頃、聞きなれない声がして振り返った。声の主がわかった途端、石動の顔は今まで見たこともないくらい不機嫌になり、眉間にくっとシワがよった。
「……お久しぶりですね、何の御用でしょうか」
「君も映画か?何を観たんだ?」
「貴方には関係ないことでしょう」
何だか気の抜けたテノールの声の主は、薄紫色の髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。まんまるい大きな瞳は私を捉えて、どちらかと言えば可愛らしい顔が笑う。対する石動は、いつもより声のトーンが低く、大変機嫌が悪い。
「ところで、そちらの子は?」
「……友人です」
「へぇ、可愛らしい子だ。いつから知り合いなんだ?」
ずいっと屈んで私と目線を合わせると、石動が隣で溜息をつくのが聞こえた。
それにしても、この人、背が高いというか、大きいというか。どことなく圧倒されて私は押し黙る。
「もういいでしょう。彼女に迷惑を掛けたくない」
「迷惑?」
「ええ。そうジロジロ見つめては失礼に値します」
「あのなあ……」
ムッとした顔をして石動を見て、もう一度私を見据えると、「まあいい。マクギリスによろしく伝えといてくれ」と言うなり手を挙げて「じゃあな」と去っていった。
「……全く」
一気に疲れたのかまた溜息をつくと、私を見て言う。
「彼は准将の幼馴染みの、ガエリオ・ボードウィンです。何かと馴れ馴れしく接してきますので疲れます」
「ガエリオ・ボードウィン……あっ!」
そうか。この間、マクギリスくんが私を買い物に誘うなんて珍しいことをしてきた日に話していた幼馴染みの……!
「マクギリスくんからなんとなく聞いてはいます……あの方が……」
「ご存知でしたか。如何せん私は彼とは反りが合わず」
「あ〜、やっぱりそうなんですね」
うんうん、と頷く石動を見て私は笑って、「さて、」と言葉を紡ぐ。
「お腹すきましたし、今度こそランチに!」
「はい、行きましょうか」
先程とは打って変わって柔らかい笑みを浮かべた石動と、また歩き出した。