08


「へ〜え、じゃあもうデートしたんだ」

向かいの席に座るラフタは炭酸のよく効いたラムネを飲みながらにやりと笑った。

「……デートに、なるのかなあ。ふたりでお出かけ……しただけだけど」

「立派なデートじゃん!いいなあ、うらやましい!」

ストローで氷をかき混ぜる。カランカラン、と綺麗な音がした。

「それでよく何もないね」

「うん、ちょっと思うよ。でも、このくらいが丁度いいかも、とも思ったりする」

「え、そうなの?意外!」

ラフタは大きな瞳をぱちぱちしながら私を見る。見返してふと目に入った、ストローを持つ細く長い指の先の、赤いネイルが似合っていてかわいいな、と何故か思った。

「彼はとてもやさしい人だから。だから、不用意に踏み込んだりして傷つけたくないし」

そう言って、お気に入りのグレープフルーツジュースを、一気にコップの三分の一くらい飲んだ。
何だろうか、とてももやもやする。胸の奥が晴れず、彼のことが浮かんでは鼻の奥がつんとした。

「……そっか。そういうのも、あるよね」

突然ラフタの声のトーンも下がった。どうしたのかと思い顔を上げれば、彼女は下を向いて私に話す。

「あたしもさ、昭弘のこと、そう思うことあるよ」

「ラフタも?」

「うん。だからさ、傷つけたくないって思うってことはさ、多分、ルネは本気で石動さんのこと好きなんだと思う」

ラフタは笑う。そして、力強い瞳で私を見て、「だからね、」と続ける。

「そういう人に出会えたんだから、ルネは石動さんに全力で好きだって想いをぶつけてもいいと思う。石動さん、きっと嬉しいと思うし、そういう想いを踏みにじるようなことをする人じゃないよ。きっと、きっとね」

彼女の目は本気だ。
とても背中を押してくれている。嬉しくて、ありがたくて、私は大きく頷いた。

「……ありがとう。ちょっとずつ、頑張ってみようかな」

「その意気よ!てか、あたしも人のこと言えた義理じゃないんだけどね〜。頑張んなきゃだし」

「じゃあお互い頑張ろっか?」

「おう!」

ふたりしてジュースを一気に飲み干して、ラフタは炭酸がからいと言いながら、私は酸っぱいと言いながら、ふたり一緒に声を上げて笑った。そうだ、私は私に今やれることをやろう。悩むより行動だ。この努力の先、もし報われなかったとしても無駄にはならないはずだから。


***


「久しぶりだな、三日月・オーガス」

「あ、チョコ。それに、イッスーも」

「また妙なあだ名で……」

ファミレスに足を運んだマクギリスと石動は、偶然にも夕食を食べに来ていた三日月とオルガとユージンにばったり会った。しかも、誘導された席が真隣だったわけで。
相変わらず飄々としている三日月に、きょとんとした顔でマクギリスを見るオルガ、ユージン。

「マクギリスさんもファミレスなんて来るんだな」

「まあ、私も庶民だからな」

意外だ、というふうに呟くオルガに笑いながら返すマクギリスは、石動が手際よく開いておいたメニュー表をニコニコしたまま見始める。

「石動は何を食べる?」

「……少し迷っております」

「お前にしては珍しいな」

「そうかもしれませんね」

冗談ぽく言いながら、ほんの少し口元が緩んだ石動を見たのはほとんど初めてかもしれない。しかもふたりで出かけているときに、というのはかなりレアだ。

「今日はルネちゃんはいないのか?」

パスタを頬張りながらユージンが問う。それを見て「行儀悪いよ」と言いながら三日月も「チョコがルネといないなんて珍しいね」と、首を傾げて言った。

「ルネは今、石動といい感じでな。私も少し遠慮しようかと思い始めたんだ」

「……っ、じゅんしょっ!」

石動が不意打ちを食らう形になり、本人も動揺したらしく、上手く言えず噛むなんて滅多にないことだ。同時に耳を少し赤く染めるなんて、なんとレアなことか。マクギリスは笑いを堪えながら続ける。

「いつ付き合うかも分からないから、こちらがドキドキするよ」

「へー、そんなに仲良いんだ?」

「ああ、そうだとも」

お冷を飲みながら落ち着こうとする石動が面白くてついいじってしまえば、彼は鋭い目つきをして三日月たちの方を見た。

「……あまりからかうな」

「でもいい感じなんだろ?羨ましいもんだぜ、全く。俺様もかわいい彼女がほしいってもんよ」

「あのな、」

マクギリスに便乗してからかい続けるユージンに反発しようとするもしばらくして諦めたらしい石動は、困ったように眉を下げて再びメニュー表と向き合った。
そんな今日の石動は、表情がコロコロ変わって面白いなとマクギリスは思った。そしてなんとなく嬉しくもなった。

「あ〜〜、金で買えない愛にはどこで出会えるんだよ」

嘆くユージンを見てオルガが大きな声で笑った。

「俺たちにはまだ早えんだよ、きっとな」

「そうか!でもよぉ、周りには彼女いるヤツいるぜ?」

「人それぞれ適齢期ってのがあんだよ、てか早く食え」

「そうかよ」

納得がいかないような顔で口を尖らせながら手元のパスタを頬張るユージンを見てマクギリスは少し笑った。適齢期ね、と思ったりもした。

石動は頼むものが決まったのかどこか遠くを見つめているようで、心ここに在らずと言ったような感じだ。彼が呆けるなんて滅多にないことなので、しげしげと見つめてやるとバツが悪そうにこちらを見た。

「どうかしましたか」

「ルネのことを考えていたのか?」

「……いけませんか?」

「いや、そう思える人がいることはいいことだな。早く気持ちを伝えたらどうだ?」

「……それは、……もう少し考えます。タイミングを見て、しっかりと伝えたいので」

「頼もしいな」

石動はいつも言葉を返すのが早いのに、今日はどことなく歯切れが悪い。それに気づいているらしい三日月も、石動を横目で見ながらハンバーグを食べていた。






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a love potion