09




「ちょ、ちょっと!マクギリスくん!?」

インターホンが押されて、ドアを開けた瞬間に大きな身体が目に入ったと同時にこちらに倒れ込んできた。

「……帰りたくないんだ、家に」

受け止めた身体はとても酒臭い。またどこかで飲んできたんだろうが、こんなに酔っているなんて普通じゃない。だって、いつもはほとんど酔わない。

「わかった、わかったから靴を脱いで」

土足のまま上がられては困る。なんとか靴は脱いだものの、ベロンベロンに酔った彼を介抱しながらソファまで運び、寝転がせる。
とりあえず水を渡すと、マクギリスは虚ろな目を開いて私を見つめた。

「大丈夫?」

「……帰りたくない」

「帰りたくない?」

「父に会いたくない」

「……もしかして、また」

彼の家は比較的お金持ちだが、父親が独り占めしているらしくマクギリスにはあまり関係がなかったようだ。しかもその父親は彼に虐待気味で、怒ったり酒が入ると特に、マクギリスに当たるようだった。私はそれを知っていたから、今まで彼が泊まりに来てもはっきりと突っ返すことは出来なかった。しかし、今回ばかりは異常だ。

「……何かされたの?」

「……まあ、それなりに」

マクギリスはコップいっぱいの水を一気に飲み干してテーブルに置いた。そしてその手が自身の前髪をくしゃりと混ぜた。

「今日も泊めてもらってもいいか」

「……しょうがないね」

「感謝する」

酔いが回りきった赤い顔が微笑む。一体何杯飲んだらこんなに酔うのだろう。とりあえずシャワーを浴びなよと促して、バスタオルを用意する。彼氏でもないのに、なんだか彼氏みたいだ。本当に彼氏にしたい人は彼ではないけれど。

「……ああ、しかし、立ち上がれないんだ」

「もう。じゃあどうする?そのまま寝る?」

「いや、それは……」

薄らと目を開けて困ったなと笑うマクギリスは、私に側に来るよう手招きする。何だろうと疑問を抱きながらバスタオルを脱衣所に置いて歩み寄ると、パシッと腕を掴まれた。驚いて目を見開けば、変わらず元気のない声で彼は言葉を紡ぐ。

「……今日はそばに居てくれないだろうか」

「えっ……?」

彼の大きな手のひらが私の前髪を掠めて、それから髪をゆっくりと撫でた。
酔っておかしくなっているのだろうか。でも放っておくわけにもいかず。

「わかったよ、今日だけね」

そう言うとマクギリスは安心したように目を閉じる。そのまま眠るならそれでもいっか。
小さく溜息をついて、見守っているうちに私も眠りに落ちてしまった。


***


翌朝、身体が痛くて目が覚めた。
ああ、昨日座ったまま眠ってしまったんだっけ、と真っ先に思い浮かんで、その次にソファで眠るマクギリスに視線を動かした。
さすがに酔いは覚めただろう。朝風呂にでも入ってもらおうと起き上がってガスのスイッチを入れた。

顔を洗い、身だしなみを一通り整えて、朝食を用意する。簡単なものしか作れないが、何も食べないよりは随分マシだ。

物音で起きたのか、マクギリスがむくりと起き上がり、「おはよう」と私に告げる。「おはよ」と返してすぐに「今度こそシャワー浴びてね」と伝えると、気だるそうな返事が返ってきた。

「昨日はすまなかった」

立ち上がり、二言目には謝罪の言葉を口にするもんだから、予想外で目を丸くする私に彼は言う。

「これからはお前の部屋に泊まるのはやめなければならないな」

「……?」

「ルネが石動と付き合ったとする。そうしたら、石動がいい思いはしないだろう?」

「あー、そっか」

そうだよね。普通に考えたらそうだ。今までマクギリスが泊まりに来るのがわりと日常になっていたのであまり深く考えたことがなかったが、たしかにその通りだった。

「でも、石動と上手くいくかは、正直まだわかんないし……」

「いくさ。俺は確信している」

「どうして言いきれるの?」

「それは秘密だ」

楽しそうに笑うマクギリスを見て少し腹が立ち、さっさとシャワーを浴びるよう言い放ってそっぽを向いた。それでもなかなか脱衣所へ向かわないので、調理用具も何も持っていない方の左手で彼の背中を押した。

「私は今日仕事に行かなきゃなのー!だから早くして」

「はいはい」

そこまで言ってようやく彼が動き出した。いい大人が世話の焼ける……と思いつつも昔からこうなので日常茶飯事でもあり、幼馴染みだからこそ許せてしまう部分ではあった。だからと言って気を許しすぎるのも危ういと思うのは、やはりマクギリスはれっきとした男性だからだ。それを本人もわかっているはずなのだが、こうしてここへ泊まりに来るということは、それだけ家にいたくないということもあるのだろうし、他に宛もないのだろう。

シャワーを浴びて出てきたマクギリスに朝食をふるまう。彼は今日休日らしいのでのんびりしているようだ。

「ねえ、そんなに家にいたくないなら、一人暮らしするとかできないの?」

「……母親が許してくれないんだ」

特に深い意味もなくぽつりと呟いてしまったが、彼の顔は一瞬にして暗い色を帯びたため、言ってから後悔した。

「お母さんが……?」

「ああ。母も父から稀に暴力を受けることがあって、そうするとそれを止められるのは俺だけになる。だから、俺が出てしまうと母が困ってしまうんだよ。その癖離婚しようとはしなくてな、理解できない」

「そっか……なんかごめん」

「いや、気にしていない」

自嘲気味に笑ってパクパクと食パンを食べ進めるマクギリスを見つめる。彼は大柄の割にたくさん食べる印象がない。けれど、食べるのは早い。

「今度お礼をしよう」

「何の?」

「今日だとか、今まで泊めてくれた分のお礼だ」

「そんなの、別にいいのに」

何を言い出すかと思えば。そんなこと思ったこともなかったため、特別表情も変えずに言葉を紡いだ。

「会社で旅行のパンフレットを貰ったんだが、使い道がなくてな。どうだ、石動と泊まりで」

「はい!?」

「ふたりで行けば距離も縮まるだろう?そこでいろいろ起こるかもしれない」

ニヤニヤと楽しそうにマクギリスは言う。提案はありがたいがまだ付き合ってもいないのにいきなりハードルが高すぎる。

「モノは考えようだ。考えてみるといい」

相変わらずぶっ飛んだことを考える彼の思考についていけないと思いつつ、少しだけ嬉しい自分もいた。






- 9 -
a love potion